誰彼時ノ隘路ニ

とりい とうか

文字の大きさ
21 / 41

赤の記憶 十

しおりを挟む



『お前、何で■したのに■きてンだよ?』



 そんな、声が聞こえた気がした。



 ……私、私は、有子。高校二年生で、忘れ物をして、放課後、学校で、気絶して、気づいたらここにいて。ここは廃校、罠だらけ、周りは樹海、逃げられない。
 それでも、学校の中で死ぬよりは……死ぬ? 何で? だってここには私を殺そうとしている何かがたくさんいて……ここは初めての場所なのに? わからない、あたまがいたい。
 立ち上がる、右足は痛くない。ただ、吐き気と頭痛があるだけ。四年四組の、左から三番目、前から四番目の机に私の鞄がある。一旦中身を全部出して、いくつかを入れ直す。
 廊下を横切る懐中電灯を見過ごして、その後に続く足音もやり過ごす。最初に向かうべきは職員室で、玄関前は通らずに南側非常口を使った。
 外で鳴る音は気にしなくていいから、一階の非常口前で靴と靴下を脱ぐ。ガラスの欠片や落とし物を踏んでしまうリスクはあるけれど、音を立てるリスクとは比べるまでもない。
 ぺたり、ざらり、廊下とそこに溜まっている砂埃を足の裏に感じながら進む……開け、と思いながら職員室の扉をスライドさせた。ちかちかと点滅を繰り返す照明に、目を細める。
 マスターキーは大きく分けて三種類、普通教室の扉用、特殊教室の扉用、その他用。鍵束を持ち歩くよりこちらを持って行った方がいい、けれど……他にもいくつかピックアップして、鞄に放り込む。

「……あぁ、そうね」

 遠くで聞こえた悲鳴、あれは多分恵一の断末魔。この時間なら二階、首を落とされたのだろう……そう、それは仕方のないこと、だって「恵一」だって私を殺した……殺した? 私は生きているのに、どういうこと? わからない、あたまがいたい、われるように。
 そのまま職員室を出て、宿直室に向かう。今ならここは無人だ、押し入れを開けて、その上段に詰め込まれていた「私」の死体からリボンとお守りを取り上げる。ガリガリに痩せ細った、骨と皮ばかりの骸、その唇を割り開き、舌を見てみた……スポンジみたいな、舌だった肉塊。
 あぁそうだ、一応……「知って」はいるけれど、知っておかなければ。私は押し入れの下段から薄汚れたスクラップブックを取り出した。複数の男子学生に乱暴されて殺された、斎藤舞という名の少女の新聞記事。それから、彼女の父親が引き起こした、連続殺人事件の記録。
 それらにざっと目を通してから、髪をまとめて、リボンで結び、お守りは首からかける。これで一度は、逃げられるだろう。あまり長居して鉢合わせしてもよくない。私は宿直室から出て、次に理科室に向かった。
 どうだろう、タイミングは間違っていないはずだけれど。理科室の扉の前で準備を済ませてからしばらく待っていると、「私」の悲鳴が聞こえてきた。す、と息を吸って、大声で叫ぶ。

「右の扉を蹴り上げなさい!」

 がたん、と大きく揺れて開く扉。そこから出てきた祐樹は、ぎょっとした顔をする。それはそうだ、ついさっきまで追い詰めていて、泣きながら逃げ出したはずの「私」が、正面切って彫刻刀を振りかぶっていたのだから。
 狙うは眼球。背丈も力も敵わない私が、祐樹を殺すにはまず弱らせる必要がある。幸い、一発目で片目を潰すことができた。呻き声を上げて顔を押さえる祐樹の、今度は耳の穴を狙う。けれど祐樹も無抵抗ではなく、大きく振られた手が私の頬を張り、一瞬意識が飛びそうになった。

「……ッ!!」

 この程度の痛みが何だ、「私」はもっと痛かった。「私」はもっと苦しかった。「私」はもっと、辛かった!! 私を押さえつけようと伸ばされた祐樹の手を思い切り刺して、もう一本の彫刻刀を持って全体重をかけて押し倒す。
 お前だけは、ここで殺しておかなければならない。大義名分はできている。だって、「私」は殺された。だから、私はお前を殺す。何度も、何度も、首に、顔に、胸に、見える箇所全部、動かなくなるまで、刺し続ける。
 ……そうして、祐樹がぴくりとも動かなくなってから、私は立ち上がった。置いていた鞄からタオルを取り出して、返り血を拭う。気持ち悪い、気持ち悪い、でも、「私」みたいに殺されるよりはマシだ。吐き出した唾にも、血が混ざっていた。
 恵一と祐樹を殺したから、後は尚君だ。彼は警戒心が強いから、意図的に罠にかける方法は使えない。やるなら出会い頭か、警戒が緩んだタイミングで……どうして? あたまがわれる、いたい、くるしい、つらい。
 非常口から外に出る前に、靴下と靴を履き直す。足の裏にこびりついた砂埃が気持ち悪いけれど、外では靴がない方が危ない。かつん、かつん、と高い音を立てながら、プールへと向かう。

「あなたは……」

 プールサイドにいた尚君が、私の姿を見て絶句している。あぁ、しまったな、服についた返り血はそのままだったっけ? でももうこうなってしまったからには、尚君にも死んでもらわなきゃ……。

「久し振りね、さようなら」

 突き飛ばす。このプールには人間を溺れさせる何かがいるから、尚君はすぐに死んでしまうだろう。悲しいけれど、だってしかたがないじゃない、「わたし」をころしたのだから。
 案の定、澱んだプールの中に潜んでいた何かが立ち上がろうとしていた尚君の足をつかんで引き込んだ。ぼこぼこと水面が泡立って、すぐに、静かになる。
 あぁ、これで、これで!! わたしはもう、にんげんにころされることはない!! ぜーんぶ、ころしてしまった、ころしてあげた、ころした!!
 あっははは、と笑い声が漏れる。いい気分、あはははは、殺した、殺した、殺してあげた!! 私は「私」を助けてあげた!! 安心なさい、もう「私」を殺そうとする人間はいなくなったのだから!!



 だから、次は、「私」たちにこんな馬鹿なことを繰り返させている、「お前」を殺してあげるからね?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/26:『はつゆめ』の章を追加。2026/1/2の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/25:『がんじつのおおあめ』の章を追加。2026/1/1の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/24:『おおみそか』の章を追加。2025/12/31の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/23:『みこし』の章を追加。2025/12/30の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/22:『かれんだー』の章を追加。2025/12/29の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/21:『おつきさまがみている』の章を追加。2025/12/28の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...