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白の記録 一
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終わった、詰んだ、お疲れ様でした。そんな言葉が頭の中でぐるぐるしている。だってこれはもう、誰が見たって終わっているし、詰んでいるし、帰りたくもなる。帰れないけれど。私は知っているんだ、この手の異世界(?)転生もので、主人公が元の世界に帰れた例はない。私調べだけれど。
私の名前は……うん、こういう物語のテンプレートだと、いわゆる生前の名前を名乗るか、少しもじった名前を名乗るだろう。あるいは名前を覚えていないか思い出せなくて、転生先の主人公の名前を名乗るだろう。
けれど、私は、あえてこう名乗ろう。鏡野有子だと。
『誰彼時ニ死ニ沈ム』という乙女ゲームをご存知だろうか。あぁ、うん、ホラーゲームなら知ってる? それです。何で乙女ゲームと呼んだかって? 公式が頑なにそう言い続けているからです。
発売当初のキャッチコピーは「この廃校で、アナタを待つ」。舞台はキャッチコピーにあるように廃校で、ホラーゲーム風乙女ゲームだと公式は主張していた。危険な悪霊たちが徘徊している廃校に引きずり込まれた主人公、鏡野有子(デフォルト名)が、同じように引きずり込まれた同級生たちと協力して廃校からの脱出を試みる、というのがあらすじだ。
乙女ゲームだとアピールしているだけあって、攻略対象というものがいる。主な攻略対象は三人で、それぞれ個性が際立っていた。あんな際立ち方はしてほしくなかった、というのは一部のファンの言い分だけれど。
で、このゲームの何が問題かというと、ホラーゲームなのだ。繊細で透明感のある絵を得意とするイラストレーターを起用して、人気を集めている声優を揃えて、ホラー要素はあるけどメインは恋愛ですよと全力でアピールしていたのに、ふたを開けてみれば完全なホラーゲームだった。
いや、A~Cエンドまでは、ぎりぎり乙女ゲームと言い張っても許される内容だった。そして大多数のプレイヤーはそこでこのゲームが終わりだと思っていた。バッドエンドだってそこまでひどい描写はなかったし、主人公や攻略対象が死ぬ場面もあったけれど、スチルはなくて画面は暗転、さらっと流される感じだった。隠されたDエンドがある、という情報がSNSを駆け巡るまでは。
私がその情報を知った時は、すでに情報源がどこかなんてわからなくなっていた。誰もこのエンドに到達できなかったから、公式がヒントがてら情報を流したのではないかなんてことまで言われていた。
そうして、隠しエンドがあると知ったプレイヤーたちは、Dエンドを見るために頑張った。何周もプレイして、そうして、ようやっとDエンドを迎えたものたちは黙り込んだ。やればわかる、なんて六文字だけをSNSに書き込んで。
こうなれば、もう絶対にやるしかない、と思ったのは私だけではないだろう。けれど、攻略情報は不思議なくらい流れてこなかった。だから、他のプレイヤーと同じく、私は何回もプレイを繰り返して、そうして、黙り込むことになった。
これDエンドがあるとかガセじゃない? と思いながらもプレイしていた、もう何周目かも忘れたある周回で、主人公が攻略対象に合流しないという選択肢が現れた。その場面では、どの選択肢を選んでも必ず攻略対象に合流する、そういう流れだったはずなのに。
これはDエンドへの分岐では? と思って合流しないという選択肢を選んだら、主人公は一人で廃校を探索することになった。けれど、途中で廃校に張り巡らされた罠に引っかかってバッドエンド。攻略対象と一緒にいる時は起こらなかったイベントに、私は興奮した。
それからまた何周もプレイした。主人公がバッドエンドを迎えると、新しい選択肢が増える。ならばこれまでに遭遇したバッドエンドを繰り返せば、もっと選択肢が増えるのでは、と思うのも自然なことだろう。それこそが、制作者が仕掛けた罠とも知らずに。
後々、公式SNSアカウントから流された情報によると、シナリオライターの一人が仕掛けた罠だったらしいのだけれど、そんなものプレイヤーには関係ない。炎上しなかったのが不思議なくらいの、罠だった。
Dエンドは確かに存在した。私はそのエンドを迎えて、そしてSNSに書き込んだ。やればわかる、という六文字を。そうするしかなかった。そうしないと、ありえないとはわかっていても、怖くて仕方なかったのだ。
「私の死に様を何度も何度も楽しんだお前たち、そう、そこにいる お ま え た ち よ」
メタ的なホラー要素があるならその旨注意書きに書いておくべきだと思う。その場面のスチルは、とても美しいものだった。いや、攻略対象の惨殺死体と攻略対象の内臓を手に取って微笑んでいる主人公のスチルは乙女ゲームでお出ししていいもんじゃないだろう。確かに主人公と攻略対象全員は一緒にいるし、状況が状況じゃなければ逆ハーレムと表現できるのだけれど、その状況が全てを台無しにしていた。
主人公は、壊れてしまったのだ。何度も何度も、プレイヤーの選択によって死に続けることで。主人公は廃校の支配者を自称し、別ルートで自分を殺害した攻略対象たちを惨殺して、悪霊というか怨霊というか、まぁそのような存在になってしまった。
いやだから周回を前提とした乙女ゲームでそんな演出というかシナリオがよく企画会議を通過して製品としてお出しされる仕儀になったな、と思った。そりゃDエンドを迎えた人間は六文字しか書けなくなる。何せDエンドの主人公は、プレイヤーも攻略対象と同じように惨殺すると宣言したも同じなのだ。いくらフィクションとはいえ言っていいことと悪いことがある。少なくとも後味は最悪だった。そして人間、不幸な目に遭うと他の人間も同じ目に遭えばいいと思う悪辣さがある。
そんな、えげつないゲームの主人公に、転生(?)してしまったのだ。終わった、詰んだ、お疲れ様でした。そう思うしかないだろう。
私の名前は……うん、こういう物語のテンプレートだと、いわゆる生前の名前を名乗るか、少しもじった名前を名乗るだろう。あるいは名前を覚えていないか思い出せなくて、転生先の主人公の名前を名乗るだろう。
けれど、私は、あえてこう名乗ろう。鏡野有子だと。
『誰彼時ニ死ニ沈ム』という乙女ゲームをご存知だろうか。あぁ、うん、ホラーゲームなら知ってる? それです。何で乙女ゲームと呼んだかって? 公式が頑なにそう言い続けているからです。
発売当初のキャッチコピーは「この廃校で、アナタを待つ」。舞台はキャッチコピーにあるように廃校で、ホラーゲーム風乙女ゲームだと公式は主張していた。危険な悪霊たちが徘徊している廃校に引きずり込まれた主人公、鏡野有子(デフォルト名)が、同じように引きずり込まれた同級生たちと協力して廃校からの脱出を試みる、というのがあらすじだ。
乙女ゲームだとアピールしているだけあって、攻略対象というものがいる。主な攻略対象は三人で、それぞれ個性が際立っていた。あんな際立ち方はしてほしくなかった、というのは一部のファンの言い分だけれど。
で、このゲームの何が問題かというと、ホラーゲームなのだ。繊細で透明感のある絵を得意とするイラストレーターを起用して、人気を集めている声優を揃えて、ホラー要素はあるけどメインは恋愛ですよと全力でアピールしていたのに、ふたを開けてみれば完全なホラーゲームだった。
いや、A~Cエンドまでは、ぎりぎり乙女ゲームと言い張っても許される内容だった。そして大多数のプレイヤーはそこでこのゲームが終わりだと思っていた。バッドエンドだってそこまでひどい描写はなかったし、主人公や攻略対象が死ぬ場面もあったけれど、スチルはなくて画面は暗転、さらっと流される感じだった。隠されたDエンドがある、という情報がSNSを駆け巡るまでは。
私がその情報を知った時は、すでに情報源がどこかなんてわからなくなっていた。誰もこのエンドに到達できなかったから、公式がヒントがてら情報を流したのではないかなんてことまで言われていた。
そうして、隠しエンドがあると知ったプレイヤーたちは、Dエンドを見るために頑張った。何周もプレイして、そうして、ようやっとDエンドを迎えたものたちは黙り込んだ。やればわかる、なんて六文字だけをSNSに書き込んで。
こうなれば、もう絶対にやるしかない、と思ったのは私だけではないだろう。けれど、攻略情報は不思議なくらい流れてこなかった。だから、他のプレイヤーと同じく、私は何回もプレイを繰り返して、そうして、黙り込むことになった。
これDエンドがあるとかガセじゃない? と思いながらもプレイしていた、もう何周目かも忘れたある周回で、主人公が攻略対象に合流しないという選択肢が現れた。その場面では、どの選択肢を選んでも必ず攻略対象に合流する、そういう流れだったはずなのに。
これはDエンドへの分岐では? と思って合流しないという選択肢を選んだら、主人公は一人で廃校を探索することになった。けれど、途中で廃校に張り巡らされた罠に引っかかってバッドエンド。攻略対象と一緒にいる時は起こらなかったイベントに、私は興奮した。
それからまた何周もプレイした。主人公がバッドエンドを迎えると、新しい選択肢が増える。ならばこれまでに遭遇したバッドエンドを繰り返せば、もっと選択肢が増えるのでは、と思うのも自然なことだろう。それこそが、制作者が仕掛けた罠とも知らずに。
後々、公式SNSアカウントから流された情報によると、シナリオライターの一人が仕掛けた罠だったらしいのだけれど、そんなものプレイヤーには関係ない。炎上しなかったのが不思議なくらいの、罠だった。
Dエンドは確かに存在した。私はそのエンドを迎えて、そしてSNSに書き込んだ。やればわかる、という六文字を。そうするしかなかった。そうしないと、ありえないとはわかっていても、怖くて仕方なかったのだ。
「私の死に様を何度も何度も楽しんだお前たち、そう、そこにいる お ま え た ち よ」
メタ的なホラー要素があるならその旨注意書きに書いておくべきだと思う。その場面のスチルは、とても美しいものだった。いや、攻略対象の惨殺死体と攻略対象の内臓を手に取って微笑んでいる主人公のスチルは乙女ゲームでお出ししていいもんじゃないだろう。確かに主人公と攻略対象全員は一緒にいるし、状況が状況じゃなければ逆ハーレムと表現できるのだけれど、その状況が全てを台無しにしていた。
主人公は、壊れてしまったのだ。何度も何度も、プレイヤーの選択によって死に続けることで。主人公は廃校の支配者を自称し、別ルートで自分を殺害した攻略対象たちを惨殺して、悪霊というか怨霊というか、まぁそのような存在になってしまった。
いやだから周回を前提とした乙女ゲームでそんな演出というかシナリオがよく企画会議を通過して製品としてお出しされる仕儀になったな、と思った。そりゃDエンドを迎えた人間は六文字しか書けなくなる。何せDエンドの主人公は、プレイヤーも攻略対象と同じように惨殺すると宣言したも同じなのだ。いくらフィクションとはいえ言っていいことと悪いことがある。少なくとも後味は最悪だった。そして人間、不幸な目に遭うと他の人間も同じ目に遭えばいいと思う悪辣さがある。
そんな、えげつないゲームの主人公に、転生(?)してしまったのだ。終わった、詰んだ、お疲れ様でした。そう思うしかないだろう。
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