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おっさん、良太と酒を呑む

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「久しぶりにダチと飲む酒のさかながお前のノロケ話か?」
「いや、どこら辺がノロケてるんだ?」
「気まぐれに公園で女の子を助けたら、それが大令嬢でお前にゾッコン。お前の外見なんぞ気にしないいい子で、お前の自己否定すら悲しむ奇特きとくな子」
「奇特いうな。それにノロケているわけじゃなくて相談……」

 俺の親友である乾良太は、盛大に煙草たばこの煙を吐き出した。
 大量の煙がBARの換気扇に吸い込まれていく。
 十杯目のウィスキーロックを盛大に喉に流し、俺の眼を見据えて言ってきた。

「とりあえず、手の平だせ」

 俺が何気に出した手に、煙草を消そうと押し付けようとしてきた。
 慌てて手の平を引っ込めながら怒鳴る。

「ちょ、待て。この年で手の平に根性焼きとかやめて!? さすがに痕が残るから」

 舌打ちしながら煙草を灰皿に押しつぶし、BARのマスターにウィスキーを注文する良太。
 良太とは学生時代にツルんで馬鹿をやった仲だ。
 二人とも喧嘩速いところがあり、勘違いから拳で語り合ったのは一度や二度ではない。

 俺は冷や汗をかきながら軽く良太を睨んだ。

「たく、身を固めて少しは固くなったかと思ったけど、そういうとこをは変わらないのな」
「うるせー、お前は変わったな。昔は競って女口説いてたのに、今は二次元オンリーだ。かと思えば、いつの間にかリアルお嬢様をゲットしやがって羨ましいじゃねえか」

 勝率八割の良太に比べて俺は勝率ゼロだ、普通は二次元にのめり込みたくなるだろう。
 良太の方こそグラドル顔負けの嫁さんをゲットしているのだが、相談している立場上、あえて突っ込むのはやめておいた。
 それに、俺は綾華をゲットはしたと思っていない、綾華の恋愛フィルターが解ければ明らかに俺は対象外だろうし。

「それで、相談ってのはそのお嬢様へのご機嫌取りでいいのか?」
「ご機嫌取りじゃなくて、ごめんね的というか、普段世話になっているお礼みたいな感じ」

 この前の茶室の一件は、俺の心の中に引っかかっていた。
 何気ない一言が綾華を悲しませた。
 それが例え、ただの俺の自己否定で罪の意識を感じる必要がなくてもだ。

 綾華は普段と変わらぬ態度で接していてくれるが、どうにも勝手に気にしてしまう。

「そんなん簡単だろ。抱いてやれよ」
「ぶっ、いやいやいやいや無理っす。十六歳の女の子に手を出したら犯罪じゃん?」
「犯罪云々の前にヘタレだから無理か。そんくらいの気概があれば、四十歳で童貞でいるわけがないわな」
「気概も何も付き合った経験がないんですがね」
「……ヘタレ」

 若い頃から沢山の女と付き合っており、恋愛経験豊富な良太に対してはグウの音も出ない。
 俺は目の前のスパイシーチキンバーをついばみ、黙って黒ビールジョッキを空にし、マスターにお代わりを頼んだ。
 良太は新しいタバコに火をつけて一息吹かす。

「じゃあ、デートにでも誘ってやれよ。好きな相手から誘われれば、お嬢様も喜ぶぞ」
「こんなおっさんに誘われて喜ぶかな?」
「お前、いい加減殴るぞ」
「分かった、誘うよ。それでどこに誘えばいいかな?」
「お前、そんくらい自分で考えろよ。だから、何時まで経っても童貞なんだよ」
「そう言わずに教えてくださいよ、良太様」

 良太は口は悪いが面倒見がよく、昔から何かと周りから頼られる存在だった。
 呆れた表情で俺を見ながらも真剣に考えてくれる。
 そして、俺をまじまじと見ながら言ってきた。

「とりあえず、一緒に洋服でも買いに行ってこい」
「俺、女性のファッションなんて全く分からないんだけど?」
「安心しろ、買うのはお嬢様の洋服じゃない。お前の洋服だ」
「へ、俺の?」
「そう、ファッションセンスゼロのお前の服選びだよ。今日の洋服だってなんだそれ。ここのBARにTシャツとランニングズボンで来るなんて、お前くらいだぞ?」

 良太が俺の洋服を指さすと、BARのマスターも苦笑しながらウィスキーのロックを差し出してきた。
 改めて周りを見渡せば、男たちはスーツ姿が多い。
 私服の男たちは、良太の様に下はデニムだが上半身はカジュアルシャツにジャケットを羽織っていた。

 冷静に場を考えてみれば、俺だけ超浮いているは明白。

 確かにファッションセンスがないのは自覚しているし、入るお店に合わせたコーディネートなんかまったく考えてこなかった。
 良太の言うことはいちいちもっともなのかもしれないが、一点納得できないところがある。

「俺の洋服買いに誘って喜ぶかな。普通、女性の洋服を買いに行こうって方が喜ぶんじゃないか」
「普通ならな。でも、相手はお嬢様なんだから洋服に不自由していないだろ。第一、お嬢様が着るような洋服をお前が買えるか? 一着で数ヶ月分の給料が吹っ飛ぶぞ」
「た、確かにそうだな。綾華の親父さんのおかげで、前の会社のここ数年のサビ残分が振り込まれたから当面は困らないけど」
「それに好きな男を自分好みに仕上げられるってのは、大抵の女の買い物魂に火を付けるからな」
「そ、そういうもんなのか?」
「お前に分かりやすく言うなら、SNSやソシャゲーで男性キャラのアバターに課金アイテムをつぎ込む女の心理だ」
「なるほど、よく分かった」

 俺はソシャゲーで自分のアバターに課金なんぞしないが、アバターに大量に課金する人たちは男女問わず確かにいる。
 そういう人たちのアバターは確かにおしゃれで、ソシャゲー内でも人気だ。

「それで、どういう風に誘えばいいかな?」
「おーまーえーなぁ、男としてのプライドないの?」
「そう言わずに、教えてくださいよ良太さん」
「朝飯か夕飯の終わり時に誘えばいいだろ、一緒に食ってんだから。あ、朝飯は学校に行くドタバタがあるから、夕飯の時がいいか。てか、金持ちの家の飯って豪勢で美味いんだろうな羨ましい」
「いや、一緒に食ってないし、飯はコンビニ弁当だけど」
「……ハァ?」

 良太が呆れた表情で俺を見てきた。
 そう、俺は四条家で飯の世話になっていない。
 住まわせてもらっている上に飯の世話までしてもらったらタダのヒモだからだ。
 四条総裁は綾華の世話係と言ってくれたが、未だにそれらしいことをできていないし。

「お嬢さんか親御さんから飯の誘いとかなかったの?」
「あったけど断った。だって、飯まで世話になったら申し訳ないだろ」
「お前さ、相手の好意を断る方が凄い失礼になってるって理解できてない? お前が童貞でいる理由ってそういうところだよ? 斜め上どころか直角に折れ曲がっているマイルールで、世間の常識からずれてるんだよ。とにかく、明日からキチンと朝昼晩の飯の世話になれ。世話になれないってんなら、金輪際お前の相談事にはのらん」

 無二の親友である良太にこう言われては従うしかなく、俺はしぶしぶ了承した。
 その後は、昔話や地元の連中の近況などをネタに終電間際まで飲み続けた。
 昔みたいに徹夜で飲み明かそうと言ってくれたが、良太の嫁さんと子供に悪いので断って別れた。


□ □ □ □


 四条家の最寄り駅に着くと、駅のロータリーの時計台は深夜十二時半を過ぎていた。
 時計台の下には見た事のある黒色のリムジンが止まっていた。
 あれ?っと思っていたら、リムジンの中から白いフリルのついたコートを着た綾華が駆け寄ってきた。

 終電の時間帯だから人は少なく気にする人も少ないが、これが平日の昼間だったら明らかに好奇の目で見られていただろう。

「若宮様、お帰りなさいませ。遅くて心配しておりましたわ」
「えっと、ずっと待ってたの? 桜庭さんには連絡しておいたんだけど」
「えぇ、聞いておりましたがお帰りになるのを待つのが筋というものですわ。さあ、お乗りになってください」
「いや、酒臭いし煙草臭くてリムジンに匂い移っちゃうからやめと……」

 断ろうと思ったが、良太の言葉を思い出し踏みとどまる。

『お前さ、相手の好意を断る方が凄い失礼になってるって理解できてない?』

 そうか、夜更かしないであろうお嬢様が二十四時過ぎまで起きてて、ロータリーで俺の帰りを待っててくれたんだ。

 確かに断る方がメチャクチャ失礼だわな。

「わざわざ、待っててくれて迎えに来てくれてありがとう。乗らせてもらうよ、遅くなってごめんな」
「そんな、お礼なんていりませんわ。当然のことですもの」

 綾華は嬉しそうな笑みを浮かべ頬を赤らめた。
 桜庭さんが開けてくれたドアから、リムジンに乗り込むと綾華も隣に乗ってくる。

「酒や煙草の匂いが臭いだろ? 少し離れていいぞ」
「そんなの気にいたしませんわ。嫌でしたら最初からお隣に座りませんもの。それに、若宮様のなら気にいたしませんわ」 

 よくもまあ素でそんな台詞が言えますね、と思い綾華の方を見ると若干耳が赤かった。
 素直に可愛いなぁと思い和んだ心のせいか自然と言葉が紡ぎ出る。

「そういや、前に断った朝昼晩のご飯の件なんだけど、やっぱ言葉に甘えていいかな?」
「えぇ、勿論ですわ。早速、明日の朝食からご一緒いたしましょう。桜庭さん、よろしくて?」
「承りましたお嬢様」

 口調こそゆったりとしているが、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべてくれた。
 姿勢こそ正しく座っているが、楽しみでしょうがないという雰囲気だ。
 ここまで喜んでくれるとはなぁ、本当にこんなおっさんで良いのだろうか。
 ただ、そんな綾華を見て不思議と茶室の一件以来、勝手に感じていた気まずさは消えていた。
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