上 下
10 / 61

おっさん、綾華と散策する

しおりを挟む
「ですから、二千五百坪です。」

 マジか。どんだけ広いんだよ、うちの実家なんて六十坪だぞ。
 実家が四十軒くらいは建つのか、半端ねえな四条家。
 ホント、金持ちの家って広いんだな。

「ちなみに敷地全部を見ようとすると、どのくらいかかるんですか?」
「二時間以上はかかるでしょうな。いやいや、年寄りにはきつい。お嬢様が引き受けてくださって本当に助かりました」
「ちなみに、俺、一応はケガ人なんですが」
「セグウェイやゴルフ場のカートも用意してありますが、せっかくですのでお歩きください。その方がお嬢様も喜びます」

 何気に鬼だな桜庭さん。いや、単純に綾華を気遣ってことか。
 傷も少し痛む程度まで治ってるから、リハビリのためにも歩くかね。

 そう思い、歩きやすい服装に着替えたところで、ロングTシャツ・ジーンズ姿の綾華がやってきた。
 長い髪はポニーテルでまとめており、軽快な印象を受ける。
 単純な服装でも魅力的に見えるのは、綾華自身によるものかセンスがいいのか。

 俺が同じ服装をしたとしてもダラシナイ中年としか見られないだろう。
 お嬢様がジーンズとは意外だったが、まだ暑さの残る外を歩き回るなら日差しを防ぎ涼しげで動きやすい服装の方がいいだろうから正解だ。

「お待たせいたしました、若宮様。さあ、ご案内いたしますわ」


□ □ □ □ □ □ □ □


 夏が終わる九月下旬、昼は過ぎているので太陽は傾きつつあるが、残暑はまだまだ厳しい。
 明るいうちに外を案内してもらうと決めたけど失敗だったかな。なるべく、日陰を歩いていけばいいか。

 アンティークが飾ってある広い玄関で、綾華と一緒に外に出ようとしたときに気づいた。
 大抵の女性が外に出るときに持っているアレを持っていなかった。

「なあ、日傘は持って行かないのか? 日差しキツいよ。高校生でも街中で使っているのよく見るけど」
「普段は使っているのですが、若宮様を案内するのに日傘をさしていたら失礼かなと思いまして」
「いやいや、そんなこと気にしないでいいから。むしろ、そのせいで日焼けしちゃう方が嫌だし」
「若宮様はお優しいんですのね」
「いや、そんなの普通だから。後、若宮様って言うのはやめてくれないかな。どうにも慣れない、若宮さんでいいよ」
「申し訳ございません。それは流石に失礼ですわ」

 うーん、世の中のお嬢様ってみんなこうなのかな。
 俺の中のお嬢様のイメージって、甘やかされて育てられて、周りを振り回して、ブランド物で身を固めて、イケメンを侍らす感じなんだけどな。
 それとも、綾華が特別なんだろうか。

 本当は敬語もやめて欲しいんだけど無理か。
 庶民には分からない上流階級なりの習慣があるんだろう。

「わたくしからもお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」
「いいよ、何?」
「わたくしを名前で呼んでいただきたいのです。ずっと、名前で呼んでくださいませんわ」
「いや、流石にそれは馴れ馴れしすぎでは。せめて、四条さんじゃ駄目?」
「それでは、お父様やお母様と混同してしまいますわ」
「……分かった。じゃあ、綾華さん」

 綾華が頬を染めながら満面の笑みになった。
 名前で呼ぶのは親しい仲になってからじゃないと失礼ってのが庶民の間隔なんだけど違うのかな。
 まあ、今回の場合はしょうがないか、確かに名前で呼ばないと区別が出来ない。

 日傘を取り出した綾華と玄関を出た途端、俺は足が止まった。玄関の前がロータリーになっている。
 個人宅にロータリーがあるなんて映画でしか観たことない。マジであるんだな、ビックリだ。

「どうかいたしまして?」
「いや、家の前にロータリーって初めてでさ。ちょっとビックリ」
「そうですの? わたくしの友人たちの家には必ずありますわ」
「……さようですか。あ、まずはどこから案内してくれるの?」
「門までご案内いたしますわ。そこまで歩けば大体の敷地内の配置は分かりますの」

 ……玄関から門まで歩いて五秒、そう思っていた。
 実家でもボロアパートでも玄関を出れば五秒で道路に出れる、それが普通のはずだった。

 四条家の家は敷地の奥にあり、更に道が緩いカーブになっているせいで、玄関から門まで歩いて二分。

 金持ちの家は門から玄関まで車で移動ってマジなんだろうな。
 急いでる時や雨の日にここを歩くのなんて億劫だろうし。
 敷地は高い塀で囲まれており、途中には高級車が数台並んだガレージ、テニスコートやプール、バラ園もあった。

 今までテレビでしか観たことの無い世界。
 当分は慣れなさそうだ、慣れたら慣れたで問題だけど。

「雨が降りそうだな」

 気づけば湿っぽい空気が吹いおり、空にはどんよりとした灰色の雲が出てきた。
 戻った方がいいかと思った矢先に、雨が降り出し、雨足が強くなってきた。

「近くに茶室がありますわ。そこで雨宿りしましょう」

 近くとは言われたが、茶室に着く頃には二人ともずぶ濡れになってしまった。
 雨足が強まったこともあるが、足が痛み速く走れない俺に綾華が歩く速度を合わせてくれたのが原因だ。
 先に行っていいと何度も言ったのに頑として行かなかった。
 綾華だけでも先に行けば、雨足が強まる前に茶室に着けただろうに。

「風邪をひいたらいけないので、奥の部屋で着替えてくださいな。私も着替えてまいります」

 綾華は茶室の入り口の棚からタオルと、男性用の紺の浴衣と女性用の花をあしらった浴衣を取り出してきた。
 髪の毛まで重く濡れた毛先からは水滴が垂れ落ち、シャツは若干透けていたがなるべく意識しないようにした。
 学生時代の俺ならガン見していただろうが、さすがに四十歳にもなるとTPOをわきまえる様になった。

 受け取ったタオルと浴衣は特に見栄えのする物ではなかったが、受け取った瞬間に手に吸い付くような触り心地がした。
 高級品に疎い俺でも分かる、これはきっと数十万はする代物だな。

「桜庭さんに電話しておきますわ。それまではここで休憩いたしましょう」

 そう言い、綾華は着替えるために茶室の奥の部屋に消えて行った。
 ってことは、しばらくこの狭い茶室で浴衣姿の綾華と二人っきりになるのか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

恋人の水着は想像以上に刺激的だった

ヘロディア
恋愛
プールにデートに行くことになった主人公と恋人。 恋人の水着が刺激的すぎた主人公は…

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

処理中です...