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最終話「初踏みの日」
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しおりを挟む「この僥倖を前に、僕は自分を痛めつける以外のいい方法が思い浮かばず……」
ああ……それであの時の椅子タワー……。あれ、自分を痛めつけてたんだ。たしかに人間の限界に挑戦してる感はあったけど。挑戦ってよりは、『人間の限界』そのものに喧嘩売ってるっていうか……。
ていうかさ、デートに誘われたから自分を痛めつけるってどういう発想してんだろうね?
「主任、デートしたことないんですか?」
主任は頭をあげ、首をかしげた。
「デート……ですか。エスコートをしたことはない気がします。乗り気のないまま言われた場所へいき、つまらなければ帰っていましたので」
さ、最低だ!ある意味女ったらしのチビ朔より最低だ!
「なので、武藤舞に食事へ誘われたときは、ちょうどいい練習になるな、という思いから受け入れてしまい……それに、詩絵子様がどんな反応をされるかも気になってしまいまして……」
「……」
「簡潔に言い訳させてもらいますと、そういうことです」
話が終わると、主任は一度こちらに目を向けた。でも、すぐに逸らした。
私はクローゼットの中で窮屈に正座をしている奇妙な男を、もう奇妙とも感じずにぼんやり見ていた。少し黙っていたあとで、主任は言った。
「最後に、ちゃんとお伝えできて良かったです」
え……。最後に、って……。
「安心なさってください。この穴は責任を持って塞いでおきます」
うん……それは当たり前だけど。
……そうだよね……。別れる、って言ったんじゃん。そうだったそうだった。あまりにいつもどおりだから、ちょっと忘れちゃってたけど、私と主任は、お別れしたんだった。
これで、いいのかな。別れって、こんなもんなんだ。主任はクローゼットの中にあった箱を取り出して、蓋をあけた。中には赤いピンヒールが入っている。
主任からの、初めてプレゼントだ。
「これを履いてる詩絵子様、一度見てみたかったです」
そう言って少し微笑んで、思い出に蓋をするみたいに箱を閉じてから、主任は立ち上がった。
「機会があれば、いつかどうぞ履いてみてください」
立ち上がってみると、クローゼットの隅に収まっていたのが不思議なくらい主任は大きくて、大きくて圧倒されたってわけじゃないんだけど、私はなんとなく俯いてしまう。
主任が私の前を横切っていったとき、本当に終わったんだって、妙に実感が沸いた。
「主任」
呼び止めると、主任が振り返った気配が感じられた。私はベッドの上で俯いたまんまだ。
なにか、言いたいことがあるような気がした。伝えないといけないことがあるような気がした。
でも、口にしてしまうと泣いてしまいそうだった。だから私は俯いたまま、膝の上でぎゅっとスカートの裾を握って堪えながら言った。
「……痴漢にあったとき、助けてくれてありがとうございます」
自分の言いたいことなんて、全然頭の中でまとまっていなかったのに、その言葉はすっと、呼吸のように自然に出てきた。
ああ、そうか。
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