ドМ彼氏。

秋月 みろく

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最終話「初踏みの日」

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 ……違う。なにか、聞こえる。わたしの泣き声の合間を縫うように、音がしている。

 人の、声……?

 ひっ、ひっ、と体を揺らす嗚咽は止められなかったけど、私はなんとか口を閉じて声を押し殺した。それなのに、泣き声は止まらなかった。別の場所からすすり泣く声が聞こえている。

 耳をすませ、クローゼットに顔をむける。そこから、泣き声がしていた。ちょっとふらつきながら立ち上がり、クローゼットに耳をつけてみる。やっぱり声がする。


 開いてみた。

 主任がいた。


「ううっ、おいたわしや詩絵子様……」


 ―――きっと、ううん、ぜったいに……今世紀最大だ。ここまで目を点にした人は。私だけだ。

 主任はクローゼットが開いたことにも気づかず、小さく体を畳んで隅に座り、ハンカチで涙を拭っていた。

 この男―――なんでここにいるの……?冷静さを必死に手繰り寄せて考えてみる。なんで主任がここにいるのか。部屋に入ったとき、私はたしかに一人で……。

 あ……。気づいちゃった。そっか。主任……隣に部屋借りてるんだ……このクローゼットの向こう、主任の部屋……で、主任の向こうに―――。

 答えを求めて巡る私の視線は、それを見つけた。主任の向こうに、穴が―――。


「……主任」


 主任はびくりと肩を震わせた。そしてこちらを見上げる。電気もつけないままのくらい部屋だったけど、主任の目に浮かぶ涙がうるうると瞳を光らせていた。


「まさか、うちにつながってたんですか……?」


 主任は「ううっ」となぜか余計に悲しくなったようで、ハンカチを目に当てなおした。


「泣いてる……詩絵子様が泣いてる……僕と別れたのがよっぽど悲しいのですね」

「う、うっさいですよ!」


 たしかにそうだけど、なんか腹立つなあ!!


「大丈夫ですよ詩絵子様。相手が誰であろうと、別れは切なくなるものです。それが普通です」

「それよりも、なんですかこれは!?もしかして、穴開けてたんですか!?」


 主任が座っている向こう側で、ぽっかりと口を開けている壁をしめす。興奮気味に問いただしてやると、主任は信じられないものを見るような目で私を見た。

 やや見つめたあと、また「ううー」とハンカチで涙を拭いた。


「見れば分かることを聞いてしまうくらい気が動転していらっしゃる……なんてことだ」

「ふつう聞きますから!分かったとしても聞きますから!」


 え、ていうかなんなの!?さっき別れたじゃん!主任、あっさり受け入れたじゃん!私は主任との別れを後悔したけどさあ!泣いちゃったけどさあ!

 クローゼットに潜まれてるのはなんか違うじゃん!やったーとはならないよ!


「詩絵子様、動揺していらっしゃるようなので、順を追って説明いたします」

「……はあ」


 主任はクローゼットの中で速やかに、そして器用に土下座して見せる。主任がもっと小柄でおかっぱだったなら、座敷わらしで通るんだけど。


「まずはこの、『秘密の通路』についてですが」

「なにちょっとかっこよく言ってるんですか。これひとつでけっこうな数の法に触れるはずですよ」


 このアパートの管理会社に許可を取ってるとは思えないし、穴からこっちの生活を盗み見てたわけだし。

 うわ……今更だけど、これってストーカーじゃん。しかもかなり粘着で悪質なやつだ。

 私はいつものようにこっそり後ずさり、ベッドに腰を下ろした。体の馴染んだベッドに座ってしまうと、条件反射でくつろいでしまう。

 私はあざらしの枕を抱き寄せ、体制を落ち着けてから、あまり興味のないテレビ番組でも観るような心持ちで、肩の力を抜ききって主任の話を聞いた。


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