ドМ彼氏。

秋月 みろく

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「変態VS変態」

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『大丈夫だって、シエール。こいつの動きはそんなに速くない。一旦よければ、あとは簡単に突っ切れる』


 それは無理だと、サクエルは分かっていました。この毒蛇の動きはひじょうに素早く、そして夜目がききます。こちらから毒蛇の動きが見えづらいのに対し、毒蛇からはよく見えている状況です。

 一旦よけられたとしても、すぐに背後から追いつかれ、その細長い舌に捉えられて丸呑みにされるのは目に見えていました。

 二手に別れ、どちらかが囮になる、という方法以外、即興で思いつける解決策はありませんでした。


『う~~~でも怖いなあ……。あいつ、横通ったとき急にガバっときそうじゃん』

『だいじょぶダイジョブッ。あのタイプの毒蛇はのろまだって習ったじゃんか』

『え~?そうだっけ~?』

『ま、とりあえずさ』


 サクエルは最後に笑顔を向けました。


『きっとなんとかなるからさ、一気に抜けようぜ。そうすれば、すぐに家だ』


 いつもどおりのからりとした笑顔だったので、シエールも納得したようでした。彼女は米粒のような手で葉っぱの端をしっかりつかみ、体制を低くして準備を整えます。


『いーかシエール、ここはスピードが命だ。絶対に振り返ったり、止まったりすんなよ。なにがあっても、たとえ俺がやられても突き抜けろ、いいな?』

『うん分かった』

『おいあっさりだな』

『そりゃ行くでしょ。チビエルがやられて構うほど、私は自己犠牲精神に溢れてないのよ』

『ま、いいや……。俺だって、お前がやられても行くし』

『は!?ひどッ!兄貴のくせに!年上のくせに!』

『こんなときだけ兄貴かよ!つか、双子だから年上じゃねーし!』


 サクエルは気を取り直して言いました。


『いくぞー……1……2の……サンッ!』


 二枚の葉は、一気に加速をはじめました。その動きを的確に捉え、長い舌が速やかにシエールめがけて伸びていきます。そのとき、サクエルはマチ針のような剣を固く握りしめ、葉っぱから飛び出していました。

 小さな影が、毒蛇へ向かって跳躍します。運転手を失ったボノレルの葉は、流れるままにしばし宙を漂い、やがて茂みへと落ちていく。

 そのころには、サクエルの突き立てた小さな剣が、毒蛇の赤い目に食い込んでいました。

 毒蛇は痛さに悶え、体を激しくうねらせます。その巨大な尾は地面を叩き、地震のように地面を震わせ、あまりに激しく動くので、サクエルは突き立てた剣にしがみついて、振り落とされないようにするのが精一杯でした。

 その高さから落ちれば、死は免れません。しかし、だんだん腕は痺れてきます。

 ああ、マジで死ぬんだな。

 サクエルは死を覚悟しました。とても生半可で、曖昧な覚悟でした。このような局面でも、自分が死ぬという事実を、うまく心へ落とし込めませんでした。


 ふと、視界の端に、動くシルエットが映り込みます。シエールの葉っぱです。それは毒蛇の向こう側を飛んでいました。

 うまく、逃げられたみたいだ。

 ほっとするあまり、剣を掴んでいる手を離してしまいそうになります。彼女は生き延びる。そう思ったとき……自分の中に、こんなにも純粋な思いがあったなんて、サクエルは驚いてしまいましたが―――彼女が生きるなら、それでいいと思いました。

 それ以外の想いは、もうどのようなものも存在しません。死への恐怖も、腕のしびれも、すべてが溶けていくようでした。気が付くと、剣から手が離れていました。

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