ドМ彼氏。

秋月 みろく

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「目覚めたんだよ、私の中のドエスが」

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 いや、問題はそれよりも……―――どうやってこのメールを送った……?

 私は主任を監視していた。暗くて見えづらいのはあるけれど、主任が一度も顔をあげていないのは、この目で確かめた事実だ。

 にも関わらず、メールの内容はいつも通り新聞記事一枚分という仕立て……。こっちから見えづらい左手に、スマホを持っているのか? それにしたって……


「清水」

「!! ひゃい!」


 主任モードの低い声に驚いて、私は条件反射のように立ち上がった。その際に、隠れ蓑にしていた主任のデスクで盛大に頭を打ちつけ、私は『立って座る』をこの上ないスピードで行うはめになる。


「無礼な呼び方をして申し訳ありません。まさかまだいらっしゃるとは思わず……」

「無礼って……いつも清水って呼ぶじゃないですか」


 打ち付けた脳天をさすりながら答える。


「はい、いつも申し訳なく思っています。僕のような格下が詩絵子様を呼び捨てにするなど、本来であればピンヒールで踏みつけられるくらいでは済まない所業……」

「ふ~ん」

「詩絵子様? はらわた煮えくり返りますよね?」

「全然」

「今ちょうど、踏みやすいですよ? 下駄というのも、また一興かと」

「へえ」

「……」

「……」

「……清水?」

「だからムカつかないし踏みませんって!!」


 思わず立ち上がる。やっぱりデスクの向こうで、主任はまだ土下座をしていた。私はため息を吐いて、気持ちを入れ替えた。


「主任、お腹空きませんか? せっかくのクリスマスですし、ずっと仕事漬けは健全じゃないですよ」

「そうですが、詩絵子様は美雪のところで食べてこられたのでは?」

「食べましたけど……」


 ん? なんだろ? なんか違和感……。


「主任、もっかい今の言ってください」

「そうですが、詩絵子様は美雪のところで食べてこられたのでは?」


 主任はそっくりそのまま繰り返す。ん~? なんだろ? なんか胸がきゅうってなる。とくに違和感のなさそうな台詞なのに…………あ。


「主任って、美雪さんのことは名前で呼び捨てなんですね」


「……はあ」、主任は言っている意味がよく分からないというように答える。私にも自分の言いたいことがよく分からない。


「私のことは、その、苗字とか、詩絵子様とか、そういう呼び方じゃないですか」

「……そうですが……」

「……ですよね」

「はい」

「……」

「……」


 んんっ!? 言いたいことが全然まとまってないよ! なにこれなにこれ! 気持ち悪い! よし、整理しよう。このモヤモヤはきっと、呼び方の問題なんだ。主任が私を詩絵子様とか清水とか呼ぶのに対して、美雪さんのことは呼び捨てにしている。

 様づけより、普通は呼び捨ての方が親しいよね? まあ美雪さんは奥さんだった人だし、親しげになるのは当たり前なんだけどさ。つまり、どうして欲しいかと言うと……。


「つまり、詩絵子様。こういうことでしょうか」、後頭部を見せながら主任は床に向かって呟いた。


「美雪のことも、美雪様と呼ぶべきだと……そういうことでしょうか?」


 ……………………………………。

 ポン! 私は納得して手を叩いた。

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