ドМ彼氏。

秋月 みろく

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「興奮しちゃうじゃないですか」

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 ぽつんと一言吐き、彼女はすぐに風呂場へ戻っていく。すぐにシャワーを浴びる音が聞こえてきたが、私はしばし放心し、それからヘタリとその場に座り込んだ。


 な、な、な、なんなの今の!?すごい躍動感だったんだけど!!殺しにかかってる!?


 私は洗面台を掴んであわあわ立ち上がり、壁づたいに部屋に戻った。またメールが着ていた。



『もしもの時は、すぐにベランダから脱出してください』



 ベランダ!?なぜベランダ!?ベランダなんて行っちゃったら、逃げ場ないじゃん!飛べってか!?ここ二階だよ!



 ガチャ。背後で、ドアが開く。私はスマホを背中に隠しながら振り返った。髪をタオルで抑えながら、美雪さんが立っていた。



「はやかったですね……」



 なんだか息が苦しく思えた。大丈夫、大丈夫。自分に言い聞かせる。


 美雪さんは私と同じか弱い女性だ。武器らしいものなんてなにも持ってないみたいだし、殺人なんてするはずないよ。



「メール中でした?」


 視線が、私の腹あたりに下がる。彼女には、背後で握り締めているスマホが、透けて見えているみたいだった。



「え?ま、まあ」


「メールといえば、私、何度も帝人さんにメールを送ったんですよね。でも、一度も返事はきませんでした」



 彼女は虚ろな目をしていた。どこを見ているのか分からない、焦点の定まらない目だ。



「返事がないと、寂しいものです。あなた、清水さん?」


「……清水詩絵子と、言います」


「返事は、してあげてくださいね。誰からのメールかは、分かりませんが……いつどの瞬間が、最後になるか、分かりませんから……」



 彼女の目の焦点が、私に定まる。今まさに銃口を向けられているような、そんな威圧的で無機質な目だった。



「さ、さっきの……」



 私はなんとか声を出す。



「さっき、シャワーで私を殴ろうと、しませんでしたか?」



 なんでこんなことを聞いているのだろう。言いながら思った。こんなことを聞いて、どうするつもりなんだろう、と。


 美雪さんはしとやかに笑った。



「気づかれてたんですね。他に硬いものが見当たらなかったので、あれを使いました。あそこなら私が裸だから、少し油断してたでしょう?」



 彼女の話しの途中から、私は全身を強ばらせて固まっていた。すぐに美雪さんは言った。



「台所、借りますね」



 低い声。言葉が持つ意味以上に、深みを持った台詞だった。美雪さんは台所へ聞いていく。


 台所……。それを聞いて真っ先に思い浮かんだのは包丁だった。



 やばいやばいやばい。なに?すぐに台所を借りるのはドエムの習性なの!?ていうか柊さんの時といい、主任と付き合ってから危険なことばっかりな気がするんだけど!



 いやいや、そんなことよりも逃げないと……。私はすぐに主任からもメールを思い出した。



 もしも時は、ベランダへ。


 ベランダになにがあるかは分からないけど、私は今にも腰が抜けてしまいそうなまま急いで窓へ向かった。おそるおそる、後ろを振り返りながら。


 半開きのドア。奥からはシャリン……シャリン……という、独特な、何かが擦れるような音がゆっくり響いていた。


 私はぞっとした。これ、包丁といでる音だ……。


 なんでなんで!?うちに研ぎ石ないはずなんだけど!持参したの!?


私は縋るように窓を開けた。それと隣の部屋の窓が開いたのは、たぶん同時だった。



「詩絵子様!」



 聞き慣れた声。私は弾かれたように声の方を振り返る。



「しゅに……!……え」



 隣のベランダには主任がいた。私は後ろを振り返ってみる。そちらにもベランダがある。そこは今井のおばちゃんの部屋だ。


 もう一度、顔を元に戻す。



「詩絵子様!はやくこちらへ!」



 主任は私へ腕を伸ばす。



「……」



 ……貴様、今どこから出てきた……?




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