ドМ彼氏。

秋月 みろく

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美里の裏話「惨めだったわあ……」

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『な!な!助ける時のキメ台詞、なんにしようか!?』



 美里の前を走っていたチビ朔は、嬉しそうに後ろへ顔を向ける。こいつは本当にかっこつけることしか考えてないな、と美里は半ば呆れていた。



『そんなのいらないでしょ。今あそこに駆けつければ、詩絵子は問答無用であんたに感謝するでしょ』


『いや感謝だけじゃなくってさ、まるごとハートを鷲づかみにしてやりたいじゃん?それにはカッコイイキメ台詞だよ、やっぱ。俺の女に手を出すな!とか?それともあのオバハンに、今度こいつに手ぇだしたら殺すよ?みたいにクールに脅した方がいいか?っかーー!!どっちもカッケーぜ!』



 美里はもはや何も言わなかったそーな。
 しかし二人が駆けつけた時、倉庫の扉は開かれており、主任の姿があった。


 この時チビ朔は、ハニワみたいな顔をして立ち止まった。



『主任……来たんだ……。あの人はほんと、詩絵子のこと見張りすぎじゃない?ていうか風邪は大丈夫なのかな』



 美里の言葉に反応し、チビ朔はハニワ顔のまま振り返る。



『え……あいつ、風邪ひいてんの?』


『主任が会社休むくらいだから、かなり重症だと思うんだけど』



 チビ朔は主任の後ろ姿を見つめ、こぼすように呟いた。



『風邪ひいて大変なときでも、彼女のピンチに駆けつける……カッケー……あいつ、カッケーじゃん……』



 呆然としている間に、柊さんたちが飛び出してきた。二人は慌てて廊下の影に隠れ、彼女たちの後姿を見送る。



『主任が来てくれてよかったわ。あのオバハンも、さすがに懲りたでしょ』



 美里は心底そう思い、安堵の息を吐いた。



『ほんとだ……あいつ、権力もあるし、簡単に解決できる……かっけーよ……』



 それから私が泣き出して、主任が私を慰める場面まで二人はしっかり見ていたらしい。



『いちゃついてる……あいつら、なんだかんだ言って仲良しだ……』



 美里はもう帰った方がいいと思ったが、廊下の壁に張り付いて凝視するチビ朔を見ていると、なかなか言い出せなかったという。


 やがて私が主任を支えながら出てくる。するとチビ朔は逃げ出す子犬のように、素早く近くの部屋へ身を潜めた。



『あいつら……いっちゃった……』



 私たちの影も見えなくなった頃、彼は小さくこぼした。その声を最後に、辺りは静寂に包まれ、薄闇がその場を支配した。


 どうしようもなくいたたまれなくなり、美里は声をかける。



『だ、大丈夫だよ』



 美里は自分でも、なにが大丈夫なのか分からなかった。



『あんたって、ほ、ほら…!顔はいいしさ!まあそれも主任と五分くらいだけど!』



 美里は上手く慰められなかったそーな。
 やがて、チビ朔はちょいちょい、と指だけを動かして美里を呼んだ。


 きっと大きな声が出せないのだろうと思い、美里はか弱い幼児と目線を合わせる保母さんのように、彼へ顔を寄せた。



『俺、なにも知らない……俺はあんたと会わなかったし、あいつのピンチも知らない……。俺は、あったかいベッドの中で、すやすや眠ってる……』



…………………………………………………………………………。



『…………これはあんたが見た夢。あんたはなにも知らない』



 長い沈黙のあとで、なんとか同調する。チビ朔はコクコクと小さく頷いた。



『俺は、なにも知らない……ぐっすり、お布団の中で眠ってる……』


『うん……それじゃ……帰ろっか?』



 なるべく優しく尋ねる。チビ朔はプレゼントの紙袋を胸に抱えて大人しく立ち上がり、何度か壁に激突しながら会社を出た。



『あ、あの……ありがとね?』



 別れ際、美里はそう言ったが、彼には聞こえていないようだった。チビ朔はふらふらと覚束ない足取りで、夜の街を歩いていく。


 街灯に照らされる、その後ろ姿が―――






「惨めだったわあ……」



 遠い目をして、美里は長く息を吐き出した。



「……もしかしてこれは、美里に内緒話をしてはいけないっていう教訓話なの……?」


「知らせたほうがいいでしょー。なんの役にも立たなかったけど、あんたのために立ち上がった小さき男がいたということを」



 チビ朔……ますます不憫だなあ。



「それよりもさ、いいの?」



 やはりブロッコリーを摘みながら、美里はほどよくメイクの施された目を、ちらりとこちらに向けた。



「なにが?」


「主任、病気なんでしょ?彼女としては、看病くらい行ったほうがいいんじゃないかなあ~」


「そ、そうかもだけど……」



 主任一人でいるだろうから、やっぱり看病は必要だと思うけど……。風邪のときって精神的にも心細くなるものだし、高熱の身体じゃ食料の調達も難しいからなあ。



「でもなんだかな~顔を合わせづらいんだよね。ちょっとだけ主任に恋愛感情抱きつつあるからさ」


「あんたって自己分析はできてるのよね」


「そうなの。柊さん事件で、主任への恋心が15%くらいに跳ね上がっちゃったから」


「……それ、跳ね上がったの?」


「元がマイナスだから」


「なるほど」



 昼休みが終わり、オフィスに戻りながら、私は一人で寝込んでいる主任の姿を想像してみた。薄暗い中、熱にうなされている大きな男の姿が頭に浮かぶ。


 ……よし。帰りに寄ってみるか。
 鍵なら、主任がうちのポストに入れていったものがそのまま放置してあるし。




 つづく。

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