ドМ彼氏。

秋月 みろく

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「頑張ったでしょう?」

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 そこには美里どころか、誰もいなかった。美里がいつも座っている椅子が、きい、と虚しい音を響かせて揺れた。



「もう!美里ってばどこなのよ!おーい!?でか乳―!?」



 私はデスクに置いたままになっていた美里のバッグを抱えて、会社内を走り回った。


 バッグがあるということは、まだ社内にいるはずだけど……トイレにも他の部署にもいなかった。屋上にはもう鍵が掛かっていたし……。


 それは会社中を走りまわり、普段は誰も訪れず、電気もついていないような倉庫へ続く通路へ差し掛かった時だった。


 私はぴたりと足を止める。今…なんか聞こえた。

 は薄暗い廊下へと目を向ける。重い鉄製の扉が、通路の奥でひっそりと薄闇に紛れていた。声は倉庫の中から聞こえているようだった。


 ううっ、ここ怖いからヤなんだけどなあ……。


 私は忍び足で奥まで歩き、扉に耳を当ててみた。



「だからねえ!柊さんはあんたが入社してくる前から、ずっと主任のこと狙ってたんだよ!?」


「それなのに急に現れて横取りってひどいと思わないの!?どういう神経してんの!?」


「あっはっは!いいわあなた達!もっと言ってやりなさい!」



 どうやら柊さんとその取り巻きに問い詰められているらしい。


 ぶちぶちぶっちん!本日何度目かの、切れた。



「おりゃあ!!」



 ばん!一気に扉を開け放つ。「な、なに!?」と体を震わせる取り巻きと柊さんに、私は叫んだ。



「主任と付き合ってんのは私なんだよ!!あんたらのやってることはぜえーーーんぶ的外れ!分かったらとっとと美里に土下座して帰れボケナス!!」



 それも普通の土下座じゃ許さないんだから!主任なみの綺麗なやつよ!今すぐ土下座教室に通ってこんかい!


 息巻く私を見て、その場は一瞬静まりかえった。しかし次の瞬間、彼女たちは般若のような形相で怒鳴り始める。



「なに言ってんだてめえ!嘘こくなよチビ!」


「おめーみてーな貧相なまな板に主任が惚れるかドカスがあ!」


「冗談の発表なら海にでも叫んでろや芋女!!」



 彼女たちのあまりの豹変ぶりに、私は思わず目を白黒させた。


 あなたたち、そんなに大きな声が出るのですか……?どこでそんな汚い言葉を覚えてこられたのですか……?いつものうそ臭い品はどこに捨ててきたのですが……?


 恐ろしくて、膝がガクガクと震えだす。


 どうしよ……おうち帰りたい……。


 そうして叫ぶ彼女達の後ろで、美里が私に手を振ったのが見えた。手の甲を振って、しっしっ、と犬を追い払うみたいに。ここはいいから、早く帰りな。と、そう合図しているようだった。


 美里ぉ……!


 でもねえ美里。そんなカッコイイことさちゃったら、私だけ帰るわけにはいかないんだよ。今、助けるからね。


 私は足に力をこめて、胸を張った。



「いーい?あんた達は信じられないかもしんないけど、主任と交際してるのは私なの!美里は全く関係ないんだから、文句があるなら私に言ってよね!!」



 私の主張を受け、柊さんは溜め息を吐いて扇子を閉じた。



「なにを言っているのかしら?あなたが主任と?笑わせるんじゃないわよ」


「ははっ、主任はね、若い人が好きなんだよ。あんたみたいなオバハンじゃなくてね」



 若い人が好きというのが適切な表現かは分からないが、まあ間違ってはいないだろう。柊さんはこめかみの辺りに青筋を浮かせた。



「あなた…今なんと言ったの?」


「オバハン!あんたはオバハン!」


「ンモ゛ォオー!!」


 柊さんは牛のごとく低い唸り声を上げる。


「あなた……そんなこと言って、ただで済むと思ってるわけじゃないでしょうね…?」


「し、詩絵子……。やめなって」


「ダメ!美里の書類にカッターの刃を仕込んだのだって、どうせこいつなんだよ!」


「そりゃそうだろうけど」


「はあ?私が?なぜわたくしがそんなことをしなきゃならないのよ」



 誰もが分かるものの、柊さんはしらをきった。



「勝手な推測はやめてくれないかしら?私はそんなに卑怯な女じゃないわ」


「うっさい!オバハン!!」


「んんモ゛モ゛ォオオオーーー!!」



 バキ!扇子が折れる。



「いいわ!あんたはもう帰りなさい!この女に話があるわ!!」



 雌牛は美里を出入り口へ押した。取り巻きが、二人がかりで私を抑える。



「で、でも」


「美里!巻き込んじゃって、本当にごめん!一応、土下座したからね!あんたの見てないところで!」


「見てないとこでされても……」



 美里が小さなツッコミを入れたところで、扉は閉ざされた。



「あなたが主任と付き合ってるですって?」



 密室が出来上がってから、柊さんはこちらに向き直って言った。怒りを必死に抑えたような言い方だ。

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