怪物コルロルの一生

秋月 みろく

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■新品の翼

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 コルロルは渡された服を頭から被った。

「そうだ、そこに腕を通して……いや違った、それはズボンだ」

 服を着るのは初めてのことだから、覚えたての子供みたいに苦戦していたけど、ライアンが手伝って着替えさせる。誰の服かは知らないが、多少ゆったりしたサイズだった。コルロルは自分の身につけた服を眺める。

「大丈夫? これ、ださくない?」

「初心者のわりにこだわるじゃないか。今まで裸で飛び回っていたんだ、上出来だよ」、ライアンはコルロルの長く伸びた髪を手に取った。「それより、髪が長すぎるな」

 そういう彼の向こうに、近づいてくる灯りが見えた。「まさか、ガルパスおじさん?」、あたしは目を細めた。

「ここまで追ってくるやつがいるとすれば、ガルパス以外にありえない。ほら、リーススレーニス、いそいで裾破って。ガルパスにはちぎれたことにしろ」

 ライアンにナイフを渡され、あたしとリーススは、言われたとおりスカートの裾を裂いた。裾にちりばめられた宝石を、おじさんに取り返されないようにってことだろう。

「ああ……せっかく似合ってたのに……お揃いなのに」

 コルロルは不満そうだったが、裾を裂く作業が終わるかどうかというところで、ライアンはおじさんへ呼びかけた。

「おいガルパス! あんたもしつこいな」、ライアンはランタンでコルロルを照らす。「見ての通り、コルロルはもうバケモノじゃない、いいかげん諦めるんだな」

「なに?」、おじさんはコルロルの姿を見るなり、憤慨して足を踏み鳴らした。「くそっ、これじゃあ金にならん! しかしリーススとレーニスが勝手に着たワンピースには」

「悪いが破れたらしい。ごらんのとおりだよ」

 今度は不規則になったスカートの裾を照らし、ライアンはちっとも残念じゃなさそうな声で肩をすくめた。おじさんはぐぬぬ、とうっぷんを体にため込んだようだが、すぐに踵を返し、降りてきた道を戻っていく。

「くそっ、ここまでやってきて収穫なしとは! しょうがない。軍の連中が私を殺しかけたことを種に、いくらか搾り取れるだろう」

 おじさんは独り言もでかい。そんな調子で、ずっと愚痴を言ったり、財産の調整計画を大声で語っていたが、最後に「仕方ない、金のどんぐりは手に入れたんだ。あれを競売にでもかけよう」、と聞こえた。

「おたっしゃで~」、おじさんの背中へ向けて、ライアンはどんぐりの瓶を掲げて振ったが、おじさんが振り返ることはもうなかった。

「盗んだの?」、リーススは驚いてたずねる。

「凄腕の盗人なもんでね」

 ライアンはリーススに瓶を渡し、しっかりと握らせた。そして、「盗んだりして、悪かったよ。俺の手で返せてよかった」、と申し訳なさそうに笑った。

 ライアンにどんぐりの瓶を盗まれたことが、ずっと遠い記憶に感じられて、そんなこともあったな、とあたしは懐かしく思った。

 場の空気を一掃するように、ライアンが手を叩く。

「さあ。これからが大変だ。ここを登るのは、骨が折れるぞー」

 明るく言って、荷物を背負い歩きだす。明るいけれど、どこか虚しさを感じるのは、ライアンの話を思い出したせいかもしれない。

 お母さんが病気で、高い手術料がいると。金のどんぐりを盗んだのは、母親を助けるためだと、よっぽどの鈍感者でも分かる。

 崖を見上げるライアンの後ろで、あたしとリーススは顔を見合わせる。彼女の考えていることは、いたずらっ子みたいな笑い顔を見ればすぐ分かる。あたしとリーススはそっとライアンに忍び寄り、どんぐりの瓶をリュックの中に突っ込んだ。

「お、おい何してるんだ」、ライアンは慌てて振り返る。「ちゃんと持ってろよ」

「あら、これは盗まれたのよ」

「そうよ、盗まれたの」

「とても鮮やかに」

「心優しい、凄腕の盗人にね」、歌い合うように言って、あたし達はライアンを見上げた。



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