怪物コルロルの一生

秋月 みろく

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■塔の中と処刑

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 足元では、薪から薪に火が燃え移り、次第にその威力を大きくしていた。息をすると、煙が体に入り込んできて、咳を催す。咳込みながら、あたしは広場のコルロルを見つめた。

『愛って、なに?』、あたしはやつに問いかけた。

『君のためなら死ねるってこと』、コルロルはそう言って笑った。

 広場に集まった人間は、誰も笑っていなかった。神に祈る臆病者と、このイベントを実は楽しんでいるだけの野次馬と、怪物と魔女の出現で恐怖に呑み込まれた気狂いで埋め尽くされている。

 死ね! 殺せ! 怪物め! 怪物め! 焼け死んでしまえ!

 そういう罵詈雑言に、あたしは違和感を覚えていた。

「あなたたち、知らないのね」

 つぶやきに、数人がこちらを見上げる。

「コルロルが怪物? ふざけないでよ。あの怪物はね、誰よりも心がきれいなの。誰よりも喜びを知っているのよ。怪物っていうのはね、あんた達みたいに、憎しみと、好奇に満ちた心のことを言うのよ」

「なんだと魔女め!」

 中年の男が叫ぶ。そいつへ顔を向けた。眉は吊り上がり、ぎりぎりと歯を食いしばるような怒りの表情・

「そう、それよ」

 すまして言ってやると、男は激昂してあたしの足元にある薪をつかんだ。先端にはめらめら燃える炎が揺れている。

「死ね魔女め! はやく死ね! 怪物に心を売った裏切り者が!」

 男は狂ったように叫びながら、薪の先端をあたしの腹に突き刺し、ぐりぐりとねじ込むように押し付けた。

 その衝撃に、一気に吐き気を催し、あたしは痛みと熱に悲鳴をあげた。胃は空っぽだったから、よだればかりが口から垂れた。

「やめて、あつ……」

「苦しめ苦しめ苦しんで死ね」

 見開かられ猟奇的な目。ほら、あんたの方が、よっぽど怪物じゃない。

 男の行動にのっかり、街人は次々に薪を手に取り、あたしを殴りはじめた。兵士がひとりだけ、むらがる街人を追い払おうとしてくれていた。きっと、優しい人なんだろう。でも他の兵士は知らんぷりだった。 

 あたしは熱くて熱くて、息を吸おうにも煙ばかりが口に入り込んできて、今にも死んでしまいそうで、なんだか涙がでそうだった。きっと、煙で咳込んだせい。

 ああ……こんな悲劇的なシーンにはきっと、涙が似合うのに。

 意識が遠のく。うつろな視界に、黒い翼が広がる。同時に、耳をつんざくような悲鳴が沸き起こった。

 コルロルは縛り付けられていた縄を引きちぎり、翼をいっぱいに広げると、ぐるりと辺りを見回し、あたしを見つけたところでピタリと止まった。

 街人は堰を切ったように逃げ出し、兵士はコルロルに向けて銃を構える。

 撃てーー!!、号令一下、何十ものライフルが、一斉に火を噴く。銃弾の雨を、まるで風のように浴びながら、コルロルはまっすぐにあたしを見ていた。

「レーニス……なんてことだ……」

 驚きと悲しみに歪められた顔。やつはその顔を手で覆った。立ち尽くすコルロルの体に、おびただしい数の銃弾が埋まっていく。翼や触覚は火に焼かれている。

 そんな攻撃は、関心の外のようだ。今のコルロルは、なにも感じていないように見えた。やがて顔をあげると、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

「僕は言った。人は殺さないと……」、誰に聞かせるでもない、一人ごとのような呟き。「人を殺さないと決めたのは、それが正しいと思ったから……善いことだと思ったから。でも……本当か? それは本当に、貫くべき信念なのか……全部が、どうでも良くなってくる」


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