47 / 73
■塔の中と処刑
7
しおりを挟む足元では、薪から薪に火が燃え移り、次第にその威力を大きくしていた。息をすると、煙が体に入り込んできて、咳を催す。咳込みながら、あたしは広場のコルロルを見つめた。
『愛って、なに?』、あたしはやつに問いかけた。
『君のためなら死ねるってこと』、コルロルはそう言って笑った。
広場に集まった人間は、誰も笑っていなかった。神に祈る臆病者と、このイベントを実は楽しんでいるだけの野次馬と、怪物と魔女の出現で恐怖に呑み込まれた気狂いで埋め尽くされている。
死ね! 殺せ! 怪物め! 怪物め! 焼け死んでしまえ!
そういう罵詈雑言に、あたしは違和感を覚えていた。
「あなたたち、知らないのね」
つぶやきに、数人がこちらを見上げる。
「コルロルが怪物? ふざけないでよ。あの怪物はね、誰よりも心がきれいなの。誰よりも喜びを知っているのよ。怪物っていうのはね、あんた達みたいに、憎しみと、好奇に満ちた心のことを言うのよ」
「なんだと魔女め!」
中年の男が叫ぶ。そいつへ顔を向けた。眉は吊り上がり、ぎりぎりと歯を食いしばるような怒りの表情・
「そう、それよ」
すまして言ってやると、男は激昂してあたしの足元にある薪をつかんだ。先端にはめらめら燃える炎が揺れている。
「死ね魔女め! はやく死ね! 怪物に心を売った裏切り者が!」
男は狂ったように叫びながら、薪の先端をあたしの腹に突き刺し、ぐりぐりとねじ込むように押し付けた。
その衝撃に、一気に吐き気を催し、あたしは痛みと熱に悲鳴をあげた。胃は空っぽだったから、よだればかりが口から垂れた。
「やめて、あつ……」
「苦しめ苦しめ苦しんで死ね」
見開かられ猟奇的な目。ほら、あんたの方が、よっぽど怪物じゃない。
男の行動にのっかり、街人は次々に薪を手に取り、あたしを殴りはじめた。兵士がひとりだけ、むらがる街人を追い払おうとしてくれていた。きっと、優しい人なんだろう。でも他の兵士は知らんぷりだった。
あたしは熱くて熱くて、息を吸おうにも煙ばかりが口に入り込んできて、今にも死んでしまいそうで、なんだか涙がでそうだった。きっと、煙で咳込んだせい。
ああ……こんな悲劇的なシーンにはきっと、涙が似合うのに。
意識が遠のく。うつろな視界に、黒い翼が広がる。同時に、耳をつんざくような悲鳴が沸き起こった。
コルロルは縛り付けられていた縄を引きちぎり、翼をいっぱいに広げると、ぐるりと辺りを見回し、あたしを見つけたところでピタリと止まった。
街人は堰を切ったように逃げ出し、兵士はコルロルに向けて銃を構える。
撃てーー!!、号令一下、何十ものライフルが、一斉に火を噴く。銃弾の雨を、まるで風のように浴びながら、コルロルはまっすぐにあたしを見ていた。
「レーニス……なんてことだ……」
驚きと悲しみに歪められた顔。やつはその顔を手で覆った。立ち尽くすコルロルの体に、おびただしい数の銃弾が埋まっていく。翼や触覚は火に焼かれている。
そんな攻撃は、関心の外のようだ。今のコルロルは、なにも感じていないように見えた。やがて顔をあげると、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
「僕は言った。人は殺さないと……」、誰に聞かせるでもない、一人ごとのような呟き。「人を殺さないと決めたのは、それが正しいと思ったから……善いことだと思ったから。でも……本当か? それは本当に、貫くべき信念なのか……全部が、どうでも良くなってくる」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
亡くなった王太子妃
沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。
侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。
王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。
なぜなら彼女は死んでしまったのだから。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる