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大切なもの

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「あかりちゃーん、来たけどー?」

  SHR終了後、俺はあかりちゃんに呼ばれていたため、保健室へとあくびをしながら向かい、たどり着いていた。
  6限に行くと、桜と司に結局サボったのかと言われたが、まぁそれは仕方のないことだと言っておいた。
  俺があかりちゃんを呼ぶと、「おう、来たか」と俺に気づいた様子であかりちゃんは言った。

「あかりちゃん、なんで俺を呼んだの?」

「まぁ、君に少し用があってな」

「用?」

「ここではなんだ、ついて来てくれ」

  俺は要領を得ないまま、あかりちゃんについて行く。
  そして数分歩いてついた場所は誰もいない学校の屋上だった。
  外に出ると、夏の日差しが突き刺さってかなり痛い。俺は制服の胸元をぱたぱたとさせながら言った。

「呼ばれた場所が屋上って⋯⋯。今から説教でもされるの?」

「本来なら君のサボり癖についてしっかりと指導しなければならない身だが、それはまた今度だ」

「じゃあなに?」

  俺が言うと、あかりちゃんは俺に背を向けたまま言った。

「寝子とはどうだ?」

「寝子と?    まぁ昨日会ったばっかだけど、普通に話せたりしてるよ」

「そうか」

「寝子がどうかしたの?」

  あかりちゃんの態度に、俺は怪訝な様子で訊ねる。
  すると、あかりちゃんは背を向けた状態から振り返り、俺の方へと歩み寄って来た。男子としては平均的な身長と、女子としては高い身長の2人がにらめっこをする。そして、その鋭利な目付きであかりちゃんは言った。

「君に頼みたいことがある」




「ね、寝子を保護してくれ!?」

「バカっ!     声がでかい!」

  あかりちゃんは必死に俺の口元をおさえる仕草をする。
  まぁここ屋上だし、本来なら大丈夫なはずだけど。
  そう。俺があかりちゃんに頼まれたこと。それは寝子を保護してくれということだった。あまりに突然のことに俺は声を裏返しながら叫んでしまった。

「ほ、保護してくれって、つまり、家へと連れて行って一緒に過ごせってこと?」

「そういうことになるな」

「いやいやいや!    それはおかしいでしょ!」

  それは倫理的にアウトだろ。
  ウチは両親が出張で長い間いない。それであんな美少女と男が2人きりとか。寝子も可哀想だし、俺も息が詰まりそうだわ。

「頼む!    そこをなんとか!」

「そんな手を擦り合わされてもなぁ⋯⋯。あかりちゃんじゃダメなの?」

  俺が言うと、あかりちゃんは腕組みをして言う。

「私はいろいろと忙しい。寝子を面倒見てやる余裕がないんだ」

「⋯⋯先生だと妙に説得力あるな。でもなぁ」

  やっぱりアウトだと思う。
  異性とかそういう面でもそうだし、生活面とかどうやって暮らしてけばいいんだ?    いつまで寝子を保護してればいいんだ?
  分からないことが多すぎる。
  でも寝子はずっと1人で保健室にいる。寝子は寝てるだけだと言ってたが、さすがに可哀想だ。あーもう!
  俺は頭を掻きむしってから言った。

「わかったよあかりちゃん。保護すればいいんでしょ」

「ほんとうか!    よかった、これでやっと気が楽になったよ」

「でも、あかりちゃんに余裕が出来たら返すからね」

  俺が言うとあかりちゃんは鼻で笑った。
  いや結構マジな話なんだけど。

「さてと、保護することが決まったことだ。早速寝子にもこの事を伝えようか」

「そうだね。でも寝子はいいっていうのかな?」

  俺と話できるのが嬉しいとは言ってたけど家に来てまでするのが良いとは限らないからな。

「きっと大丈夫だろう」

  そう言ってあかりちゃんは先に歩いて行ってしまった。

「大丈夫なのかな本当に」

  俺も独り言のように呟き、あかりちゃんに続いて保健室に戻った。



「健が私を保護してくれるの?」

  早速保健室についた俺は、寝子の元へ向かい、さっき話したことをそのまま寝子に伝えた。
  すると、寝子は少し表情を明るくしてみせた。

「そうなんだけどさ。寝子はそれでいいの?」

「え?    全然いいよ?」

「俺は両親が出張でいないから俺と二人きりなんだよ?」

「うん、全然いいよ」

  まじかよ寝子。お前はもうちょっと警戒心を強めた方がいい。
  男と二人きりだぞ?    俺は何もしないが、司みたいな変態と一緒だったら間違いなく終わる。

「というわけだ不良少年。今日から頼むぞ」

「はいはい。でもさあかりちゃん、この猫耳じゃ外には出られないでしょ?    どうすんの?」

  この猫耳を見れば間違いなく最初は俺やあかりちゃんみたいな反応をすると思うけど、万が一のことを考えると、対策はした方がいい。
  俺がそう言うと、「そう言うと思った」と言いながら、保健室の端にかかっていた薄緑色のパーカーを持ってきた。

「外出するときはこれを着させるといい。私も一度家へと連れて行ったときにはこれを着させていった」

「用意周到だな⋯⋯。けど、パーカーって夏に着るには暑くない?」

「大丈夫だ。できるだけ薄手のを選んでおいたからな。――寝子、大丈夫だろ?」

「うん。大丈夫」

「寝子がそう言うんならいいけどさ⋯⋯」

  まぁだけどたしかにこれで帰るときには困らない。これはあかりちゃんのおかげだ。薄緑色というところも、寝子に似合いそうだ。着ているところを想像すると普通にかわいいし。

「いいか寝子。健に変なことされたらお隣さんにでも助けてもらえよ?」

  あかりちゃんが寝子に歩み寄り肩に手を置いてからそんなことを言い出す。

「は!?     そ、そんな変なこととかしないし!」

  思春期男子を甘く見るな。いや、違うな。思春期男子をバカにするな、が正しいか。

「健、変なことって?」

  あかりちゃんに言われた寝子はきょとんとした顔で俺に聞いてくる。
  やだ。この子ピュアすぎる。俺がそんなことをお前に教えられるわけないだろう。
  俺がそのことを伝えると、寝子は「わかった」と、素直に返事をしてくれた。

「冗談だ冗談。ま、帰るときには周りに気をつけながら帰るんだな。さて、私はこれから会議があるから失礼するよ」

  そう言ってあかりちゃんは足早に颯爽と保健室を後にし、保健室には俺と寝子の二人が取り残された。

「どうする寝子。俺ん家、行くか?」

  俺が言うと寝子は力強く頷いた。
  多分だけど、こいつ相当ワクワクしてるな。あんま期待しないでもらえると助かるんだけど。

「言っとくけど、俺ん家普通の家だからな?」

「うん!     普通の家が一番だよ」

「なんだそれ。ま、いっか」

  そう言って、俺たちは保健室から出て内履きから外履きに履き替え、家路についた。



△▼△



「なぁ、バーニャ王国ってどんなとこなんだ?」

  家路につきながら、俺は気になったことを寝子に訊いてみた。
  名前からして異世界だろうが、どんな場所なのか気になる。

「バーニャ王国は、猫耳族が暮らす国だよ。その名の通り猫耳の生えた種族で、みんな猫耳が生えてるの」

「なんだそりゃ、すげーな」

  マジで俺がいつも読んでる漫画と同じような内容だわ。本当に存在するんだな。
  まだ俺は信じたわけじゃないけど、この猫耳を見る限り本当だと思ってしまう。

「こっちの世界の人たちは猫耳は生えてないんだね」

「そりゃそうさ。こっちはふつうの人間が住む世界だからね」

「健はこっちの世界楽しい?」

  寝子の問いに対して、俺は顎に手を当て考える。
 
「んー、楽しいか楽しくないかっていったら楽しいほうかな」

「そう」

「どうしてそんなこと聞くんだ?」

  俺が寝子に言うと、寝子は首を横に振った。

「ううん、なんでもないの」

「そうか。あ、そうだ寝子」

  俺は先の方の店を指さす。そこにはアイスクリームと書かれた看板が立っていた。

「アイスクリーム一緒に食べないか?」

「あいすくりーむ?     なにそれ?」

「ま、いいからいいから。金は無いだろうし、俺が奢るからさ。何味がいい?」

  俺はアイスクリーム屋の目の前まで来て、アイスクリームの種類が書いてある所を指さす。
  寝子は目を輝かせながら、メロン味のアイスクリームを指さした。
  
「メロン味ね⋯⋯。うん、わかった!    すみませーん!     ストロベリー味とメロン味をひとつずつください!」

  俺は自分が好きなストロベリー味と、寝子の選んだメロン味をひとつずつ頼んだ。アイスクリームはすぐに出来上がり、俺たちは近くの公園のベンチに座った。
  ベンチに座ると、寝子がクンクンと匂いを嗅いでからパクッとひと口アイスクリームを食べた。

「どうだ寝子、美味いか?」

「うん!     すごく美味しい!   こんな美味しいの初めて食べたよ」

「そりゃよかった。その言い分じゃバーニャ王国にアイスは無さそうだな」

  俺も小さな子供たちがはしゃぐ姿を見ながらアイスクリームをひと口食べる。
  ⋯⋯ああ、すごい美味い。久しぶりに食べた。
  俺は、もうひと口、またもうひと口と、アイスクリームを順調に食べ進める。何度食べても、この味は飽きないな。
  ⋯⋯本当にあのときを思い出す。

「⋯⋯健?    どうしたの?」

  と、俺は寝子の怪訝な視線に気づき我に返る。

「⋯⋯え?    どうしたのって、何がだ?」

  俺が寝子に訊くと、寝子は少し震えた指で俺の顔をさし、言った。

「だ、だって健、泣いてるから」

「⋯⋯」

  俺はそのまま黙り込んでしまった。
  無言で涙を拭う。しかし、流れた涙は止まることをしらず、ボロボロと自然に流れてきてしまった。

「⋯⋯健、大丈夫?何かあったの?」

  寝子が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
  それも無理はない。高校生の男がアイスクリームを食べながらいきなり涙を流したと知れば、大抵の場合はドン引きされる。だが、寝子はドン引きするどころか心配さえしてくれた。
  そんな寝子に、俺はぽつりぽつりと語り始めた。

「⋯⋯俺は2年前、大切なものを失ったんだ」

「大切なもの?」

「⋯⋯ああ、その大切なものってのは俺の妹だ。俺は剣道を習っていたんだけど、その日がちょうど大会の日で、会場も近かったし一緒に歩いて会場に向かってたんだ。」

  寝子は俺の話を真剣に聞いていた。俺は続ける。

「妹、名前は紬っていうんだ。⋯⋯その日、会場に向かっているときに⋯⋯妹は車に跳ねられて、そのまま息を引き取った」

  俺は思い返すように続けた。

「紬とはすごく仲が良くてな。その仲の良さはみんなに知り渡っていた。休日にも一緒に出かけたりしてた。⋯⋯そして、出かけた日に毎日してたことがあったんだ」


  俺は震える声をどうにか落ち着かせ、言った。

「⋯⋯それが今俺たちがやっていることなんだ」

  俺は言い終えると、残っていたアイスクリームを口の中に勢いよく放り込み、袖で涙を拭い、寝子に言った。

「わるいなこんな話しちゃって!    さ、とっとと食って帰ろうぜ」

  俺は立ち上がり、家の方向へと足を向けた。

「⋯⋯待って」

  しかし、寝子に袖を掴まれる。俺は寝子の方を振り返る。そして固まった。

「寝子、お前⋯⋯」

  寝子は俺と同じようにボロボロと涙を流していた。まるで妹を亡くした当事者のような顔で。
  俺は慌ててハンカチを手渡す。

「お、おいおい。お前がそんなに泣くことないだろ?    いいからこれで拭けって」

  俺が寝子を諭すと、寝子はハンカチを受け取り涙を拭った。
  どうやら寝子はこういう話に弱いらしい。わるいことをしたな、と俺は反省した。
  俺は寝子がアイスクリームを食べ終えるのを待ってから言った。

「少し寄り道しちゃったな。さ、俺ん家に行こうぜ」

「うん」

  俺たちは再び家路に着いた。
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