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人助けならぬ猫助け

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「少し買いすぎたかな⋯⋯」

  本屋を出て、俺は袋に入った何冊もの漫画やラノベを見ながらそう呟いた。
  本屋に入ってからずっと漫画とにらめっこをしてどれにするか悩んだ挙句、隣に並んでいたラノベにまで手を出してしまった。おかげで財布の中身が空になったし、かなりの時間を本屋で潰してしまった。
  まぁこの量なら何日かで読みきれちゃうからいいけど。
  そうして俺は再び家へと向かって歩き出した。

  しばらく歩き、公園へとさしかかる。
  いつもならここで素通りするのだが、この日はいつも楽しみにしている漫画の最新巻が発売された日で、一秒でも早く読みたかったため、公園のベンチにでも座って読もうと公園へと立ち寄った。
  最寄りベンチに座り、早速漫画を開く。
  が、すぐに別のところに目がいった。

「⋯⋯あれって、橘先輩か?」

  俺の目線の先――大きな木の陰には、さっきまでテニスをして注目を集めていた橘先輩がいた。
  何やら泣き喚く小さな女の子と一緒にいて、困ったような様子で辺りをキョロキョロとしている。
  少女が木の上を指さした。
  俺はその少女の指さした方向を見やる。するとそこには、子猫が怯えた様子でいた。

「なるほどな」

  おそらく、少女が泣いているところを人の良すぎる橘先輩が見つけ、子猫を助けようにも助けられないといったところだろう。
  周りの人は子供やその母親ばかりで、助けられそうな人はいない。
  木は⋯⋯俺が登れそうなくらいの木だ。

「よし、いっちょ人助けしますか」

  俺は漫画をベンチに置くと、駆け足で橘先輩と少女のところへと向かった。

「あの」

  俺は声橘先輩に声をかける。
  すると、橘先輩は少し驚いたような顔になり、次に安堵したかのような表情に変わり、俺の手を取り上下に揺すって嬉しそうに言った。

「よかったー!周りに誰も助けられそうな人がいなくて困ってたんだよー!」

「あ、あの⋯⋯その⋯⋯」

  俺は憧れの橘先輩を前にして、頭が真っ白になり、言葉が出なくなった。
  ⋯⋯やっべぇー!あの橘先輩と話してるよ俺!しかも手も握られた!

「君、あの猫ちゃん助けに来てくれたんだよね?」

「あー、は、はい、そうです!」

  俺は何とか頭を回転させ、返事をする。

「そうだよね!でもどうしようか。あの高さじゃ登らないと無理だよね」

「ぼ、僕、登ります!」

  俺がそう言うと、橘先輩は「本当!?」と嬉しそうな表情を浮かべた。 
  俺はそう言うと、橘先輩の前でヘマしないようにゆっくりと木を登っていく。木登りは昔よくやっていたからそのときの感覚を思い出せば簡単だ。

「気をつけてね~!」

  下から橘先輩の声が響く。
  こんなときまで心配してくれるなんて。なんて良い人なんだ!

「よーし、いい子だからじっとしてろよー」

  子猫をゆっくりと抱き抱えると、抱き抱えたまま下へジャンプした。
  そして少女の元へ子猫を連れていき、少女へ手渡す。

「ほら。もう木に登るんじゃないぞ?」

「ありがとうお兄ちゃん!」

  少女がそう言うと同時に、一部始終を見ていた人たちから拍手が湧き上がった。
  ああ、人助けならぬ猫助けっていいもんだな⋯⋯。

「さてと、帰りますか」

「待って!」

  俺が去ろうとしたとき、後ろから手を掴まれた。
  振り返り、俺は焦る。

「!?たたた、橘先輩!?」

  子猫を助けたことに浸っていて完全に橘先輩のことを忘れていた。
  俺としたことがなんてことを!

「そうだよ!私の名前知ってたんだね!」

「た、橘先輩を知らない人なんていませんよ!」

  俺が早口でそう言うと、「そっか~」と嬉しそうな表情で橘先輩は笑った。

「それより、ありがとね~!君がいなかったらあの猫ちゃん助けられてなかったよ!」

「い、いえ!全然!いやもうほんと大したことないです!はい!」

  テンパりすぎてちゃんと日本語喋れてるか心配になってきた。

「あ、そうだ!君、なんていうの?」

「何がですか!?」

「名前だよ名前~」

  そうだった。普通こう聞かれたときはだいたい名前だろ、俺。

「い、犬山健です」

「犬山健くんか~。健くんって呼んでいい?」

「えええええ!!??」

  俺が素っ頓狂な声を上げると、橘先輩も同じような声を上げた。
  橘先輩が俺のことを「健くん」って呼ぶだと⋯⋯!
  そんなことあっていいのかみんなの憧れの的だぞ名前で呼ばれるってこんなに光栄なことだったか!
  問われた俺の答えは問われる前からもう既に決まっていて。

「ははははい!もちろんです!こんなに光栄なことはありませんもう明日俺は死ぬかもしれません」

「いやいや死なないよ私が保証する!じゃあ決まりだね!健くん!」

  そう呼ばれたとき、俺は顔が熱くなっていくのを感じた。
  みんなが橘先輩に名前で呼ばれたいと願うこのご時世、下の名前で呼ばれる俺はなんて激運の持ち主なんだろう。

「あ、もうこんな時間だ!私そろそろ帰るね!また会ったら話そうね~!」

  そう言って橘先輩は颯爽と去っていった。俺は呆然とその場に立ち尽くす。辺りは気づけば既に薄暗くなっていた。
  この数分の間に何があったというんだ⋯⋯。とにかくお家帰ろ⋯⋯。

  俺はベンチに置いてあった荷物をまとめ、ふらつく足取りで家へと帰った。



△▼△



「ただいまー⋯って誰もいないんだった」

  いつも帰ってきてから、寂しさからくるであろう独り言を呟き、俺は自分の部屋へと行くため階段を重い足取りで上がっていった。

「はぁー⋯⋯」

  バッグを床へと雑に放り投げてベッドへと横たわる。
  ⋯⋯今日はなんか一段と疲れた気がする。まぁ当たり前といえば当たり前なのかもしれない。
  小室寝子という異世界から来たと思われる美少女と出会い話をした。そして、なんと言っても、あのみんなの憧れの的、橘先輩と話をできた。
  そんなビッグイベントが一日で2つも起きるなんて、そりゃ気をつかって疲れるのも無理はない。

  「⋯⋯橘先輩と話をした。しかも名前も覚えてもらえた⋯⋯うへへ」

  俺は顔をにやけさせながらベッドの上をゴロゴロと何往復もする。
  好きな人に名前を覚えてもらえて、しかも名前を呼ばれるのがこんなにも嬉しいとは思わなかった。それもあの橘先輩だ。余計に嬉しい。

「⋯⋯あー、なんか久々に振りたくなってきた」

  俺は何を思い立ったかゴロゴロを止め、ベッドから起き上がると、『あれ』を握った。
  そしてそれを上から下へと振り下ろす。

「やっぱ⋯⋯最近やってなかったから竹刀、振りたくなるよな」

  俺がやっていたのは素振りだ。
  最近やっていないというのは剣道のこと。俺は額縁に入れて壁に飾ってある何枚もの賞状を眺める。
  こんな俺でも、剣道全国大会優勝者だったりする。
  あのときは自分で言うのもなんだが⋯⋯輝いてた気がする。もうクラブも止めて、部活もやってないけど、戻れるのならば戻ってみたい。いや⋯⋯やっぱ戻りたくない。

「ていうか⋯⋯」

  なんで橘先輩とはなんも関係ないのに、急に素振りがしたいと思ったんだろ⋯⋯。
  輝いてる人を見たから、自分もその輝いてたときを思い出したからかな⋯⋯。



△▼△



「⋯⋯や、やめろ。ね、寝子を、離せ⋯⋯」

  その日の夜。
  俺は風呂にも入り、寝に入ってしばらくしたとき。勢いよく目を開いた。

「はぁ⋯はぁ⋯⋯。夢か⋯⋯」

  俺はうなされていた。それも今日出会ったあの寝子の夢で。
  内容はこんな感じ。
  寝子がある日学校で猫をいじめていた不良グループを見かけて、それを注意したら不良が逆上して寝子を襲った。それを俺が見かけて俺が助けようとしたけど、その不良に俺が返り討ちに合う――っていう夢だ。

「俺弱すぎるだろ⋯⋯」

  いくらなんでも弱くて哀れすぎる。夢なんだからもうちょっと強くてもいいだろ。
  俺は電気を付け、上体を起こす。

「なんか⋯⋯寝子に関わらない方がいいのかな」

  今の夢を見ててもそう思うけど、それだけじゃない。なんか寝子と関わってるといけないような気がするんだ。関わってると⋯⋯こう、悪いことが起こりそうな。
  俺の本能がそう感じているのかもしれない。そこはなんとも言えないし、多分大丈夫だろうけど。

「はぁ⋯⋯目、覚めちゃったな」

  でも、保健室に行けば寝子はいる。毎日サボっている俺は寝子と会う羽目になってしまう。
  無視していればいいのかもしれない。でも、あんな健気で無垢な女の子を無視し続けるなんて、俺の良心が許さないはずだ。

「⋯⋯とにかく、明日から寝子のことは忘れて、保健室でサボるのもやめにしよう」

  俺は新たな決意を胸にし、その後なにもすることがないから、漫画読んだり、ラノベを読んだりして過ごした。
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