保健室で授業サボってたら寝子がいた

夕凪渚

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あの人

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それから俺は次の時間も当然のように保健室でサボり、あと数分で授業が終わるという時間まできていた。
  当たり前だ。授業に出たくないというのもあるが、こんな状況で授業に出たとしても落ち着かない。なんせ猫耳少女だ。そんなの、俺がいつも読んでる漫画や異世界系ラノベでしか見たことがない。偽物の耳でもないし⋯⋯。いったい何者なんだ?さっきバーニャ王国とか言ってたけど、まさか本当に異世界から飛ばされてきたとか?

「健?」

「うおあっ!?」

  俺がソファの方を向いて横になってそんな考えを巡らせていると、いきなり寝子がカーテンをめくり顔を覗かせたため、俺は飛び上がる。

「ど、どうした寝子」

「なんか気になったから呼んだだけだよ?    なにしてたの?」

「べ、別になにもしてないよ」

  まぁ寝子のことで頭がいっぱいだとは言えないから今は言わない。

「そう。――ねぇ健、少しお話しない?」

「お、お話?」

  いきなりのことに顔を引きつらせる俺。寝子は小首をかしげるだけだった。
  あと数分で授業終わるけど、まぁ暇だし、眠気も覚めたし、俺もいろいろと聞きたいことがあるからいいけど。
  そう思った俺は承諾の意を伝えた。

「ありがとう、じゃあこっちに来て」

「お、おう」

  手招きされ、そのまま俺はベッドからソファの方へと移動する。そして寝子が座る横に座った。
  ⋯⋯こうしているとすごい緊張する。相手が美少女だからか?

「健は体調が悪いの?」

「え?    いや悪くないよ」

「じゃあどうして保健室にいるの?」

「ど、どうしてって言われてもな⋯⋯」

  なんだ、保健室という場所がどのような場所か分かっているのか。さてはあかりちゃんが教えたな?
  この場合なんというべきか。やはり体調が悪いと訂正するか、サボっていると正直に言うか。
  俺は少しの逡巡の後、口を開いた。

「俺はサボってるんだよ。サボり、わかる?」

「さぼり?」

  寝子は不思議そうに俺の顔を見てくる。やべぇ、めっちゃかわいい。
  いや、いかんいかん。「あの人」がいるにも関わらず、別の人をかわいいと思うなんて。

「そう。授業に出たくないから体調悪くないけどわざと休んでるの。それがサボり」

「そうなんだ」

  どうやら納得したらしい。
  ああ、こんな無垢な美少女にサボるということを教えたこの罪深き俺をどうかお許しください。

「話変わるけどさ」

「うん?     なに?」

「寝子はずっとこの保健室にいるの?」

  俺が聞くと寝子は頷いた。

「ここに来てからあかりんに、その猫耳じゃ外に出られないからっていっていつもここにいるの。あ、だけど一度だけあかりんの家に行ったことあるよ」

「そうなのか。⋯⋯なんか可哀想だな」

  こんな美少女を置いてくなんて、なんてあかりちゃんはひどい人なんだ。まぁ俺も人のこと言えないか。

「でも私、寝てるだけだから大丈夫だよ?」

「寝子がそういうんならいいけどさ」

  と、そこでまたも授業の終わりの鐘が鳴った。廊下の方から騒がしい声が聞こえてくる。あかりちゃんがカーテンを荒くめくった。

「ほら不良少年。全ての授業が終わったぞ。
さっさと教室へ戻りたまえ」

「へーい」

  俺は教室へ戻るために、寝子に軽く挨拶をし、ドアへと歩いていった。

「不良少年」

  と、そこであかりちゃんに呼び止められた。

「なに?」

  俺が振り向いて返事をすると、あかりちゃんは何か言いたそうな顔をしていたが首を振って言った。

「いいや、なんでもない」

「ん?    まぁ、わかったよ」

  俺は何か用があるのかと思ったが、特に聞き返さず返事をし、教室へ向かった。



△▼△


  夏の日差しが眩しく照らす中。
  俺は校舎を出ていた。
  いつもならそこでそのまま帰路に着くのだが、そのときの俺は別の場所に向かっていた。ある噂を聞きつけたんだ。
  しばらく歩いていると声が響いてくる。――テニス部の声だ。
  別に俺がテニス部に所属しているから来ているわけじゃない。俺帰宅部だし。
  俺は目的の場所へ着くと、近くにあったベンチに腰を落ち着かせた。
  そこはテニスコートの端くれにあるベンチだった。部活見学といえばそう見えるが、部活を見学しているわけじゃない。

「本当に橘先輩いるのかなー。もう3年生で部活は引退したけど、OBとして参加してるって聞いたんだけど⋯⋯」

  俺がここに来た理由。
  それは、俺が通う高校一の美少女と謳われる程の容姿をし、勉強、運動なんてできて当たり前の文武両道、才色兼備、非の打ち所のない、"神"とも慕われる「あの人」こと、橘神流(たちばなかんな)先輩を見るためだ。
  元テニス部にして全国大会トップ。そんな彼女の活躍を見たプロ育成機関が、プロへの招待をするくらいの実力(らしい)。
  おまけに生まれはアメリカのロサンゼルスの帰国子女だと。
  俺とは天と地ほど、いや、月とスッポンくらいの差がある彼女を一目見ようと俺はここへ来たわけだが⋯⋯。

「野次馬が多過ぎないか⋯⋯?さすがは橘先輩と言ったところだが、これじゃ橘先輩の姿が拝めないじゃないか⋯⋯」

  テニスコートを囲むようにして、橘先輩を一目見ようという連中がうじゃうじゃいた。
  ⋯⋯俺と同じ考えのやつはたくさんいたようだな。
  だが、俺と同じ考えのやつはたくさんいても、俺ほど橘先輩を想っているやつはそういないはず。
  理由は――まぁ今は置いておこう。
  とにかく、俺は橘先輩のことが⋯⋯その⋯⋯"好き"なんだと思う。
  その好きな橘先輩のテニスをしている姿を見られないなんて!

「そんなの我慢できるかっ!」

  俺はベンチから勢いよく立ち上がると、野次馬の中にのそのそと入っていった。幸い、身長が周りより少し高かったからよかった。そうして野次馬の中を必死にかいくぐりながら、ようやく先頭らへんへと出た。
  そしてテニスコートを見やる。

「おお⋯⋯」

  そこには美しい脚を顕にし、テニスコートを、まるで華麗なダンスを踊るようにして動き回る橘先輩の姿があった。
  思わず俺はしばらくの間橘先輩に見入ってしまった。

「やっぱり綺麗だ⋯⋯。こんな人が俺の彼女だったらな⋯⋯」

  俺はそう呟いて、数十分そうした後、満足したように野次馬から外れた。
  そしてベンチに置いてあった鞄を手に取る。

「さてと、橘先輩見られて満足したし、今日は漫画でも買って帰るか」

  俺は頭の中で何の漫画を買うか考えながら、テニスコートを離れた。
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