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 人間は何かと理由を欲しがる生き物だ。
 自分とは何か。その命や存在の価値などを一生の中で乞い求める者は多い。
 中でももっとも、生まれてきたことに対してその意味を知りたがる。
 まるで、信仰するどの神や天使、悪魔にも役割があるように、自分たちの魂にも何か意味が与えられているものだと。
 
 それこそ、どの神を信じてどう受け取るかにもよるが、たいてい人間は生まれたことに理由などない。
 自分が生まれてきた意味やその役割を見つけるために、この人生がある。
 ずいぶんと人間だけがハードな自分探しを課せられているように思えるが、意外とそうでもない。例外がある。
 
 もともと理由も役割もはっきりしている存在であるにも関わらず、ごく稀に、なんらかの事情で"人ならざる者"が人間と同じように己の意味や役割を見つけようと紛れ込んでいることがある。
 
 そして、そういった存在は人ならざる界隈にしてももれなく"異質"だ。


「ご両親が全身焼かれた状態で死んでいる」と警察から連絡を受けた時、ちょうどジェネシスは高校から帰る途中だった。
 全く望ましくはないが、この手の一報は実は初めてじゃない。だが当然、経験があっても慣れる訳じゃない。
 ジェネシスは家族になってくれた優しい義両親の顔を思い浮かべ、また守れなかった悔しさに奥歯を噛み締めた。
 
 義両親は里子の年齢がすでに17歳だということも気にとめず、3ヶ月前に引き取ってくれたばかりの里親で、6回にも渡って養育先を変更しているジェネシスを毎日学校までウーバーで送迎させるほど過保護に可愛がってくれていた。
 当然、ジェネシスも彼らから注がれる無償の愛に応えたいと前向きだった。
 ようやく穏やかな新しい人生が始まる……そう期待していた矢先に、"また"里親が殺されてしまった。今回でもう7回目になる。
 さらに驚くのは、これまでの里親達の死因が総じて不審死なことだ。
 警察関係者から「またお前絡みか」と、あからさまに視線で咎められる中、ジェネシスは警察署のモルグで変わり果てた姿となった里親と面会した。
 
 よほど激しい炎に身を焼き尽くされたのだろう。全身におびただしい火傷を負っており、人の姿形を保てていない。
 警察によれば、これほど激しい燃え方をしているにも関わらず、家自体は少し焦げた程度だったらしい。繰り返す不審死の対応が面倒らしく「出火元はまたご両親だ」とつまらなそうにボヤきを寄越してきた。
 "人体発火"による里親の死亡はこれで3例目になる。その他には"自家窒息"が2例、"内部爆裂"が2例…と、どれをとっても惨憺たる死に方だ。
 もちろん、警察からは名のあるマフィアの隠し子や闇取引商材、または麻薬カルテルなどとジェネシスがまだ幼かった頃からあらゆる線で身辺を調べ尽くされたが、里親の惨たらしい死に様に繋がる端緒は今なお掴めていない。
 そんな中、ただ1つ、ジェネシスには昔からそれとなく心当たりがあった。

 これまで警察へ何度も話してきたが、ただの一度もまともに取り合ってもらったことがない。子供の言い分だし仕方がないと言えばそれまでだが、ジェネシスの心当たりは普通の感覚から見て信ぴょう性に欠けていた。

「一応聞きますが、何か心当たりは?」と、下腹が肥えた中年の警官が視線も合わさず尋ねる。ジェネシスは短く息を吐き出すと、里親の黒く焦げた手のようなものへ手のひらをそっと重ねた。
「…今回も家の中に、たくさん悪魔みたいなものが見えていました…信じないだろうけど」
「…悪魔ぁ?ああ、毎回言ってるヤツか。ご両親には?」
「今回も伝えていませんでした……悪魔が見えるなんて言ったら捨てられると思って…でも、いい加減、正直に言えば良かった……またこんなことにはならなかったかも…」

 ジェネシスの心痛な子供らしい保身に、警官がようやく視線を合わせた。何か思うことがあるのだろう、17歳のまだあどけない顔が悲しみによどむ様をゆっくり覗き込むと、大きな尻のポケットから折れ曲がったメモを取り出した。

「だったら尚さら、詳しい筋に話したほうがいい。ご両親は亡くなってしまったが君に家を残してくれていて住む場所ならある。司法じゃ心霊は何の証拠にもならないが、それしか説明がつかない事例も世の中腐るほどあってね。娘も取り憑かれたことがあるんだ。その時世話になった腕の良い拝み屋がいる。君も見てもらうといい。俺は信じるよ」

 話しながら中年の警官が伝手の連絡先を書き込んでいく。そして尻の形に折れ曲がったメモをジェネシスへ渡すと、すかさず鑑識の男が退出を促してきた。モルグから追い出す頃合いを見ていたらしい。
 あまりに短過ぎる面会時間だが、場所が場所なだけに不満を飲み込む。
 ジェネシスは三度(みたび)短く息を吐いて渡されたメモをポケットへ押し込むと、わずか3ヶ月での別れとなった里親2人の手をふたたび握り、"僕のせいで……本当にごめん…"と声を絞り出した。



 中年の警官から紹介された拝み屋は、いわばエクソシストで、ステファノ神父と名乗った。
 神父はドラマや映画などでよく見かけるカソック姿の中年男性で、物腰もやわらかく、里親を失ったばかりのジェネシスをまずは労ってくれた。
 ステファノ神父が訪ねてくるまでに家の片付けはしたものの、里親が発火されたリビングの焦げはどうにも出来ずそのままになっている。さすがに里親が亡くなった場所の側で話す気にはなれず、ジェネシスはキッチンのテーブルセットへ神父を促した。

「今までのご両親の境遇はトッド巡査長(中年で巨漢のあの警官の名前だ)からひと通り聞いているんだ。だから今日は君の話を聞かせて欲しい」
 質問する落ち着いた声や口調とは相反して、神父の視線は家の方々(ほうぼう)を走りまわって忙しい。おそらくもう、不穏な何かを感じ取っているのだろう。ジェネシスは不安げに神父の顔をのぞきこんだ。

「僕は……その…小さい頃から悪魔みたいなものが見えるんです。靄みたいな…黒くてボンヤリした影が見えるだけで、神父さまのように追っ払ったりとかは出来ないけど…」
「…ふむ。確かに君の側からは何か不穏な気配を感じる…ただ、気配は感じ取れても君の言う、その悪魔のようなものの姿が私にはよく見えないんだ。今もそれはここに見えているのかい?」
 今もあの悪魔のようなものがいるかどうかと神父から聞かれ、ジェネシスは視線をゆっくり転がした。
 幼い頃から気付けば視界に滑り込んでくる黒い靄……その悪魔のようなものは、ジェネシスの見た限り今ここにはいなかった。
 いつもずっとまとわりつかれている訳ではないが、自分から意識して探そうとしたことははじめてかもしれない。そう思いつつ、首を横へ振って神父にいないと伝える。
「いいえ。今は何も…いつも気付いたら視界にいるような感じなので…あっ、でも気配は確かにする、かも…」

 ジェネシスの答えによって、姿は見えないが気配はしっかり感じ取れるという不気味さが沈黙となって部屋の中を漂う。
 神父は、緊張で頬が強張っているジェネシスの周囲へもう一度視線を走らせた後、どこか噛み締めるようにゆったりと頷いた。
 何か分かったのかとジェネシスが話を待っていると、前触れなく神父が椅子から立ち上がった。

「そうか……"アレ"がいないのなら都合が良い」
「え…?なんですか?」

 ジェネシスが短く聞き返した瞬間、柔和だった神父の顔が一転して下劣で禍々しいものへとすり変わり、あっという間に邪悪な様相と化してしまった。
 眼球全体が泥のような黒に染まり、口は耳の下まで裂けている。
 皮肉にも現状の神父は、悪魔憑きに遭った人間そのものだった。
 突然様変わりした神父に恐怖を感じ、ジェネシスが慌てて椅子から飛び退いて背で壁に抱きすがる。

「しッ…神父…さ、ま…?」
「ようやく…ようやくこの時が来た。どれほど待ち侘びたことか…お前が繭のまま次元壁から飛び出してきて以降、ずっと張り付いていたが、もう1匹の鬱陶しい気配が邪魔でなかなか喰らえなかった。ガーディアンかと疑って試しにお前の親を何人か喰ったが、まあ、ソイツはお前の味方ではなさそうだ。護るどころか姿すら現さないのだからなぁ」

 神父の、人へ諭りかける聡明な声は今や汚泥に塗れた忌まわしい濁声へ成り変わっている。
 語りかけてくる訳のわからない話を差し置いたところで、成りも声もすでに人間ではない。

「…!?何の話をしてるんですか…?訳が分からないっ…もしかしなくても、今目の前にいるのって…悪魔…?親を喰ったって…じゃあ、僕の里親になってくれた人達を殺したのは…ッ」
「ふん、喰い殺されて困るモノならばお前の持つ力を使えば良かっただろう。見たところ隠し持つだけで使いこなせないようだが。気配だけ立派なあのゴミすら潰せぬようではせっかくの力が持ち腐れるというもの…予定通り、お前の力はオレの糧としてやろう」
「力って、何のこと…?そんなものあったらとっくに父さんや母さん達を守ってた…そんな訳の分からない力が欲しいなら、あの黒い靄もお前もさっさと僕を殺せばよかったんだッ…そうすれば、みんな…死なずに済んだのに……ほら、やっぱり…全部僕のせいだっ…」
「グククッ、絶望した人間はより美味くなる。だが、特別に希望をくれてやろう。このオレの力の糧となれる希望を、なぁ」

 悪魔に取り憑かれた神父が濁った声で嗤いながら、ジェネシスをゆっくり壁の隅の方まで追い込んでいく。そして、長く鉤爪状に尖った鋭く醜い腕がジェネシスの頭へ振り下ろされた。
 引き裂かれる一一そう覚悟した瞬間、その腕はジェネシスに触れる寸前に弾かれ、鈍く耳障りな音とともに骨ごと消し飛んだ。
 引き攣った顔で醜く痛がる咆哮より先に口から飛び出したのは、スラリと伸びた爪の長い両手だった。病的に白いその手は神父の身体の内側から伸びているらしく、両口端を躊躇うことなく思い切り横へと押し拡げている。
 ボタボタと血混じりの唾液をまき散らしてのたくり、神父が苦しそうに呻いて頭を抱えた瞬間、グンッと白い腕が一気に肘まで伸び出てきた。
 間際、たちまち眉間から亀裂が入り、皮膚が千切れる耳障りな音を立てて内側より神父の身体を縦へ真っ二つに引き裂くと、中から何者かが姿を現した。

「無様にも程がありますね」

 高い背にスラリと伸びた長い脚、しなやかにくびれた腰、そして妖しくおぞましい美しさをまとった美麗な顔……まるで暴れ狂う時化の表面だけ薙いだような雰囲気を醸す男だ。そして、これが人間ではないことをジェネシスも本能で嗅ぎ取った。
 腸が飛び出したまま半分ずつの身体で床に転がっている神父の死体を鬱陶しげに蹴りはらい、冷徹な瞳でジェネシスを見据えている。
 部屋中に多量の血が惨たらしく飛び散っていたが、壁を血で汚した当人であるこの男は、足元まで覆う白いローブに一滴の血痕もついていない。
 ジェネシスはあまりにも一度に多くのことが起こり過ぎて理解が追いつかなかった。
 突然、神父が悪魔に取り憑かれ、そして突然、神父を殺してこの男が現れた……なら、この男が神父に取り憑いていた悪魔じゃないのか…?ただ、黒い靄の気配もまた、この男から漂ってくる……
 依然、人間味が欠けた温かみのない視線で刺してくる目の前の美しい男へ、ジェネシスは声を震わせて尋ねた。

「…あのっ……あなたがその…さっきの悪魔…?」

 男子高校生が肩を震わせながらなんとか紡ぎ出した質問を、最後まで聞く価値もないとばかりに男は呆れたようなため息でかき消した。バカにしているそれではなく、真正から呆れ返っている、そんな様子だ。

「いいえ、違いますよ。ジェネシス…あの程度も片付けられないあなたの無様さを目の当たりにして、僕の疑念は確信に変わりました。まったく、持ち腐れも良いところです。こんな出来損ないの子供に僕が造られただなんて、失望を越して腹立たしい」


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