光の部屋、花の下で。

三尾

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七日目

22

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「俺は、佳子さんに挨拶をすればいいのかな?」
 響野を見ると、こちらを見返す黒い目が、またしても不思議そうにまばたきする。
「伯母さんは俺たちのこと、もう知ってるよ」
「そうだけど……」
 よほど俺が変な顔をしていたのだろうか。彼は困ったように病室の窓や洗面台に視線を逸らし、最後に自分の手を見下ろした。
「墓はないんだ。ふたりとも樹木葬がいいって書いてあったから」
 少なくとも、墓石のように長く残る墓はない。樹木葬墓地のそれぞれの区画には苗木が植わり、弔われた人の名を記したプレートが掲げてある。
 少しずつ成長していく三本の木は、順調に育てば、やがて区画内に収まりきらなくなるだろう。
 そのときにどうするかは、まだ決めてない、と響野は言った。
「報告に行かないか? そのうち」
 俺を誘いながらも、顔を見られたくないのか、相手は目を伏せたままだ。
 手を伸ばして、腿の上に置かれた響野のこぶしを握った。
 病院の部屋は、少し空気がこもっているものの、窓から秋晴れの午後の日差しが射し込んで明るかった。ときおり、小さなほこりの粒が反射光をまとってきらきらと空中をただよっていく。
 ここに死はない。
 明るい部屋の中でそう思う。
 俺たちはまだ死なない――死ぬもんか、と。
 握った手に力を込めると、その強さに驚いたのか、響野が顔を上げた。
 入れ替わるように、俺のほうが自分の感情を持て余して下を向く。こらえきれなくなった嗚咽が、喉からこぼれた。
 俺がこそこそと涙をぬぐうあいだ、響野は何も言わず、俺に手を握られたままベッドの横に座っていた。
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