光の部屋、花の下で。

七日目

17

　たぶん、“セイ”のことを言っているのだろうとわかったけれど、それこそ説明が難しい。
　高校の一時期、あだ名で呼ばれていたことがあったから、それを聞いて俺の名前だと勘違いしたんじゃないか。とっさに思いついたそんな嘘をつく。誰も傷つかない嘘を。
　急に室内が無音になって、おやじがテレビを消したことがわかった。頭にかぶっていたタオルを下ろす。
「花音さんの家って山の根にある前原だよね？」
「何だ、詳しいな。花音から聞いたのか？」
「いや、別ルートだけど……おやじは知らなかった？」
　彼は天板に片肘をついて「知らなかった」と答える。
「このへんの人はみんな知ってると思ってた」
「そんなわけないだろ。前原なんて何軒もあるし、土地に多い苗字くらいに思ってたぞ」
「そういうのの大元の家だって聞いてるよ。本家っていうの？　今は違うみたいだけど」
　おやじがぽかんと俺を見る。
「ほんとに詳しいな。どこルートで知ったって？」
「高校で……地元のやつも何人か通ってたし」
　相手の意外そうな顔を見ているうちに、自分がひどいゴシップ好きのように思えてきて恥ずかしくなった。
　当時はクラスメイトたちが話すうわさを疑問に思うこともなく聞いていた。その一方で、個人のプライバシーが切り売りされる田舎の風習には反発を覚えていたのだから矛盾していると思う。
「……じゃあ、おやじは本当に何も知らなかったんだ」
「ひー坊とは逆で、俺は地元に知り合いが少ねえんだよ。ばあちゃんも後妻だったしな」
　さらりと気になる言葉を吐いたあと、おやじは黙り込んだ。言いにくいことを口にする前に気合いをためているように見えた。