光の部屋、花の下で。

六日目

31

　相手のサングラスが顔の半分までずり落ちている。焦点の合わない目が恐怖で見開かれているのを見た瞬間、かっと目の前が赤くなった。
「つかまっててください」
　女性の手をつかみ、手すりまで誘導する。揺れる車内でどうしてそれができたのかわからないけれど、彼女の手が金属の棒をしっかりとにぎるのを確認した。
　車両の前方で悲鳴があがる。直後にひときわ大きな衝撃がきた。
　テーマパークのアトラクションでも経験したことがない激しい音と揺れの中で、空間全体が何かの力に持ち上げられた。自分の身体も。
　足が床を離れ、つかんでいた金属の棒の感触が手から消える。
　あ、と思ったところで、背中と頭に重く固い物体がぶつかった。
　痛みは感じなかった。
　ただ固い……そして、うっすらとした熱を感じる。
　ふわりと浮くような感覚に意識を奪われながら、最後に響野のことを考えた。


　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊


　ばあちゃんの夜の徘徊が増えたとき、主治医は睡眠導入剤の使用を提案した。
　介護の現場ではめずらしいことではない。本人や、介護する家族の健康と生活の質を維持するための（もしくは向上させるための）、一般的な処置の一つと言えた。
　当時のケアマネージャーやヘルパーも同意見だったし、何年かあとに働くことになった介護施設でも、それは当たり前のように共有されている事実だった。
　投薬をはじめると、ばあちゃんは動きがゆっくりになり、昼間に居眠りをすることが増えた。歩くときに少し身体がふらつくようになった。いずれも事前に受けていた説明の通りだった。
　転倒は、デイサービスから帰ってきたばあちゃんを引き取ろうとしたときに起きた。