光の部屋、花の下で。

六日目

29

「だからね、その彼にとってのあなたも、そうではないかと思ったんです。自分にとっての大丈夫な人」
「……どうでしょう」
　気の利いた返事が思いつかず、ぼんやりつぶやく。
「だったら良いとは思いますが」
　応えながら何気なく視線を下げると、先ほどより大きくなった相手の笑みに行き当たった。
　またしゃべりすぎているのではないだろうかと心配になる。
「あとはね……人の気持ちって意外に筒抜けだから、あなたが心配していることも、きっと伝わっていると思うんですが」
　話題を変えたかったけれど、そう思う一方で、響野から何度か「迷惑をかけたくない」と言われたことを思い出してもいた。
「下手に気持ちが伝わると、お互いに気を遣ってしまったりしませんか？」
「それはそうかもしれません。でも、お互い様のことですからね。ずっと一緒にいれば、不平や不満も溜まるし。若いうちだったら、たまにはとことん喧嘩して発散したら良いです。私たちのように体力がなくなってくると、一も二もなく話し合いですけれど。あ……これは私と、うちの夫ひとの話です」
　おどけるように「のろけました」と笑う相手を見て、俺も少し笑った。
　響野ととことん喧嘩をしたいかと言えば、答えは否で、できれば避けたい。
　ただ、帰ったら彼と話したいと思った。三つ目の内定が出たことを教えたら「おめでとう」と喜んでくれるだろう。それは、ほとんど決定事項のように確信を持って言えた。
　自分に起きた良いニュースを一緒に喜んでくれる相手がいる。これから帰る場所で待っていてくれる。相手と、この先も一緒にいられる。そのどれもが幸福すぎて、にわかには信じがたい。