光の部屋、花の下で。

六日目

25

「じゃあ、優先席に誘導していただけますか？」
「わかりました。腕、つかんでください」
「すみませんね」
「いいえ。自分も同じ電車に乗るので」
　こちらに応答する相手の声は、駅の喧噪にも負けずによく通った。そこにわずかなためらいがまじっているように感じるのは、声をかけてきた相手が、およそ視覚障害者の誘導などしそうにもない若い男だからだろうか。
　構内の柱に設置されたマイクから電車の到着を告げるチャイムとアナウンスが流れる。ほどなく、レールの軋む音をさせて電車が入ってきた。
　徐々に減速していく車両のわきで、周囲の人混みから微妙に距離があいたままの女性と俺の周囲を観察する。
　ここは介護施設ではなく、日常生活を送るのに他人のサポートを必要としない人々が暮らす〈外〉の世界なのだ、と思い知る。
　盲目の女性は困っているようには見えなかったし、周囲の助けを求めてもいなかったから、わざわざ声をかけて誘導するのは一般的な行動でないように映るのかもしれない。
　実際、手を貸す積極的な理由があったわけではなかった。というより、多くの場合、理由はない。階段を降りる人に手を差し出すのも、転ばないよう手を添えるのも、施設という〈中〉の世界では特別な理由は必要なかった。
　今も、視力が効かない状態の人間が、柵ひとつない電車のホームにひとりで立っていることに、理屈ではない何かが反応したのだった。
　停車した電車のドアが開く。降りる客と乗り込む客の双方が、白杖を持った女性と、彼女をサポートしている俺に身体を当てないよう慎重に避けていく。