光の部屋、花の下で。

三尾

文字の大きさ
上 下
307 / 377
六日目

21

しおりを挟む
 当時すでに骨董こっとうめいていたフィルムカメラは、もうだいぶ前に壊れて今の三重の家にはなかった。新しい家族を撮るときのおやじは、もっぱらデジカメとスマホを使っているはずだ。
 やがて、バスは海沿いの道を逸れ、窓の外はごく普通の町の風景に変わる。視線を切り上げて座席の背もたれに寄りかかった。
 交際中の女性がいる、とおやじから打ち明けられたのは、成人の少し前だったろうか。その年のうちに、彼は相手と籍を入れ、再婚から二年ほどして継妹いもうとも生まれた。
 新しい家族のことは嫌いではなかった。お継母かあさんも継妹も、おやじを幸せにしてくれる。俺にとっても大切にしたい人たちだ。
 ただ、卒業後の就職先は名古屋で探した。三重に帰ることは最初から考えなかった。親子三人の生活に俺はどう考えても異分子でしかないと思えたからだ。
「ひー坊、おまえのせいじゃない」
 ため息をついて、ポケットで沈黙したままのスマートフォンをコットンパンツの上からなでる。
 今なら、当時のおやじの気持ちが少しは理解できた。
 俺が写真を燃やしたとき、彼はきっと自分の言葉が息子に届いていなかったと思っただろう。正確にはそんなことはないのだけれど、当時の俺は、もの言いたげに黙っているおやじの気持ちを想像しようとしなかった。
 写真はとむらいのつもりだった。一つの家族の終わりと、新しい家族のはじまり。
 でも、燃やすことが本当に弔いになっていたのかは疑問だ。
 生きている人間が覚えている限り、死者は消えない。その理屈を通すなら、俺の家族もまだ消えていないことになる。こんなふうに俺がちょくちょく思い出しているあいだは。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

冴えないおじさんが雌になっちゃうお話。

丸井まー(旧:まー)
BL
馴染みの居酒屋で冴えないおじさんが雌オチしちゃうお話。 イケメン青年×オッサン。 リクエストをくださった棗様に捧げます! 【リクエスト】冴えないおじさんリーマンの雌オチ。 楽しいリクエストをありがとうございました! ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。

営業活動

むちむちボディ
BL
取引先の社長と秘密の関係になる話です。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない

すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。 実の親子による禁断の関係です。

処理中です...