光の部屋、花の下で。

五日目

88

　食事が終わったらどういう風に話を切り出そう。
　響野を初めて見た中学校の入学式のことを考える。あれから長い年月が経って、その時間を彼がどのようにすごしてきたのか想像もつかなかった。きっと中学当時の響野はもういない。それを言うなら俺だって彼の知る俺とは別人だろう。
「……うまいな」
　こちらの視線を感じたのか、生姜焼きを食べる手を止めて響野が言った。会話の糸口を探るような気を遣った言い方に、思わず笑みがもれる。
「ありがとう」
　礼を言うと、相手はなぜか居心地悪そうに身じろいだ。
　静かな食事だった。中学の記憶をたどっていたはずが、いつのまにか頭の中にある一番古い記憶に思考が移っていった。
　歌を聴いていた。陽気な歌声と、手拍子と、にぎやかな楽器の音が部屋の中に満ちていた。料理の立てる湯気と人のぬくもりで室内は温かかった。でも、窓の向こうに見える外の景色は真っ暗で、いつものように母親もいなかった。
　今いる場所は温かいけれど、自分が行くのは、あの暗い外の世界なのだと思った。そのとき母親は一緒にいるだろうか。それとも今みたいに、どこかへ行ってしまっているだろうか。
　人生最初の記憶は、半分明るくて、半分寂しい。
　響野に、母親と俺の生い立ちについて話をした。途中から彼の箸が止まり、黒い目が驚きで見開かれていっても、過去を語る言葉は泡のように次々と浮かんできて止まらなかった。
　こんな話をして何になるのだろう。同情してほしいのか。何かの憂うさを晴らしたいのだろうか。
　話せば話すほど、俺と響野の境遇の差が浮き彫りになっていくのもつらかった。