光の部屋、花の下で。

五日目

86

　ベランダを半分ほど進んだところで、ふいに響野は足を止める。葉擦れの音を聞くように首をめぐらせた彼を見て、家族のことを考えているのだろうなと思った。
　何の根拠があるわけでもない。ちらりと見えた横顔が、歩道から見上げたときと同じ表情だった気がして、そう感じたにすぎなかった。
　公園の木々をざわざわと揺らしながら、コンクリの灰色の地面の上を風が通りすぎていく。
　十秒にも満たない静止のあと、彼は再び歩きだした。


　話をするのは晩飯がすんだあとにしよう。そんな取り決めをしたせいで、夕食を作って食べるまでのあいだ、何とも微妙な空気が流れることになった。
　俺が布団と洗濯物を片付けて一階に降りると、台所の作業台に置かれたポリ袋の横で、響野がスマートフォンの読み上げを聞いている。女性の声だったけれど、聞こえてくる内容は保険関連のもののようだから、きっと山崎さんが送ってきたメールだろう。
　俺が夕食の支度をしにきたことに気付いた彼は、読み上げを終了して「何か手伝うことあるか？」と聞いた。
「いいよ。疲れてるだろ」
「じゃあ、さっきの話の続きをしないか？」
　相手の両目に力がこもる。まず食事を取ってほしい、と説明して彼をダイニングのテーブルまで誘導し、椅子に座らせた。
「すぐに作るから、そこで待っててよ」
　セミオープンスタイルの台所は、ダイニングスペースと半分つながっているので、料理をしながらでもテーブルにいる響野と会話ができた。
　かかってきた電話が由香里先輩からだったことや、彼女が新しく介護施設をオープンしようとしていることを伝える。先延ばしにした挨拶をするために、明日こそは会いに行かなければならないと思っていることも。