光の部屋、花の下で。

五日目

80

「どうやって憎めばいいんだろうな。どういうふうに怒ればちゃんと怒ったことになる？」
　彼は逆にたずねてくる。また答えられない質問だった。答えられないことばかりを質問される。
　俺が言葉に迷っているあいだに響野は顔を上げた。両目がコンクリの地面の上をさまよったかと思うと、糸にでも引かれたように立ち上がる。
　何を見ているかわからない相手の視線にうすら寒いものを感じて、とっさに手首をつかんだ。
「どこに行くんだよ？」
　再び俺に腕をつかまれた響野は、固定された自分の手首を見下ろす。幽鬼のようだった表情は少しやわらいで、相手は困った顔をした。
「……飛び降りようとしたんじゃないぞ」
「わかってるよ。でも心配しすぎる性質たちなんだ」
　目の効かない人間が高いところにいれば心配だし、まともに食事をしないときがあるのも心配だった。でも、一番心配なのは、俺もまた彼を追いつめる要因の一つではないかという点だった。
「響野を傷つけるつもりじゃなかった」
　うっかり口にしたとたん、相手は盛大に顔をしかめる。
「それ、言われるほうはだいぶ惨みじめだからな」
　言葉は軽いわりに、声は怒りを孕はらんでいて重い。本気で気分を害しているのだろう。思わず手の力がゆるんだすきに、響野は俺の指のあいだから強引に手首を引き抜く。
　気まずい沈黙のあと、「悪かった」と先にあやまったのは響野だった。
「本当は、俺への態度を変えないでくれて、ありがたいと思ってる」
　まるで、「好きになってごめん」と言われているみたいだ。