光の部屋、花の下で。

五日目

37

「まあ色々あって、今はこの家に住むことになったんだ。俺の母親は“可愛い家だ”って気に入ってるよ」
　築四十年くらい経ってるから、あちこちガタがきて大変だ。その言葉通りに、ノアさんはときどき、外壁に入った亀裂クラックの補修や雨樋あまどいのパイプ交換などをしていた。休みの日に彼の家へ行くと、自宅の敷地ではしごや工具箱を引っ張り出して作業しているところに遭遇するときがある。
　じきに、おやじだけでなくノアさんからもホームセンターでの買い物を頼まれるようになった。会う約束をすると、ついでにゴム張り軍手やアルミテープを買ってこれないかと依頼がくる。「社割にしますか？」と聞いたら、「悪いから普通の売値でいいよ」と言われた。
　ＤＩＹに勤しんでいる彼を見ると、なぜかいつも落ち着かない気分になった。出どころのよくわからない、焦りや後悔に似た感情。その理由らしきものに思い当たったのは、二学期の定期テストが明けた休日に、頼まれた蛇口のパッキンを持ってノアさんの家を訪れたときだった。
　礼を言ってパッキンを受け取った彼は、少し待っててほしい、とことわって台所へ向かった。ついていくと、工具箱からドライバーやモンキーレンチを取り出して蛇口を分解しはじめる。
　斜め後ろの位置から、前かがみの姿勢でパッキンを交換する彼を観察していた。
　その背中に、ＣＤラジカセを修理していた学生服が重なる。空き教室のタイルの上に几帳面に並んでいた機械のパーツと、回転するＣＤを見下ろしていた静かな目も。
「急に水漏れしたから、今まで元栓を閉めてたんだ。セイに買い物を頼める日で助かった」