光の部屋、花の下で。

三尾

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五日目

17

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 視線をやった先の相手は、ハの字型の眉を寄せて、もう少し何か言いたげな顔をしていた。おそらくは、桂を批判する言葉を口にすべきか迷っていたのだろう。後輩の元恋人を悪く言うべきではない、という相手の配慮と遠慮を感じた。
 複雑なその表情を見たことで、かえって溜飲が下がった。
 何よりも、自分の過去や日常について、ぼかしたり嘘をついたりしないで良い相手がいることがありがたかった。先輩と話すときは、昔付き合っていた人が異性であるふりをしなくて良かったし、結婚の重要性が理解できないことを隠さなくてもよかった。
 シフト制で夜勤もある介護施設の仕事は楽ではなかったものの、当時を思い返すと「居心地の良い職場だった」という感想が真っ先に浮かぶ。
 とはいえ、それも施設長の配置換えと、由香里先輩と俺自身の退職によって失われてしまったのだけれども。


 響野の部屋を出てリビングへの階段を降りていくうちに、思考が少しずつ、今日会う相手のことに切り替わっていくのを感じた。
 先輩と直接顔を合わせるのは、彼女の退職以来だから、半年ぶりくらいだろうか。
 洗面所で洗顔やひげそりをすませ、冷蔵庫に入っていた残り物で朝食をとりながら、スマートフォンアプリで電車とバスの乗り換えルートをチェックする。
 何も異常はなかったし、何の問題も起きなかった。
 それなのに、乗車時刻が表示されたスマホの画面をながめていたとき、かすかな不安を感じて親指が止まる。
 ……何だろう?
 何か忘れてはいけない大切なことを忘れているだろうか?
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