光の部屋、花の下で。

三尾

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五日目

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 ――やっぱり結婚したいんだ。子供もいつかはほしいと思ってる。
 スーツを着て仕事に行く人間と暮らしたのは、そういえば、あれがはじめてだったかもしれない。
 週末の夜に、突然、はじまった別れ話。相手のゆるめたネクタイが、ワイシャツの首回りにだらしなく下がり、部屋の照明に反射してにぶい光沢を放っていた。
 意識の底に沈めていた記憶が、ぷかぷかと浮かび上がってくるのを、もう一度、丁寧に底へと沈め直す。
「電話するよ」
 目の前で響野がつぶやいた。彼の手にあるスマホを見下ろして、「うん」と応じる。
「じゃあ、一階したにいるから、何かあったら呼んで。大声を出すのがつらいようだったらLINEラインや電話をくれてもいい」
「わかった」
 相手の顔色を確かめながら、すわっていたベッドを立った。
 響野の力になりたい。すでに十分すぎるほど傷ついた相手をこれ以上傷つけたくもなかった。その感情の下に隠れている別の感情とはどういうものだろう?
 俺だって傷つきたくない。恋愛はもうこりごりだ。……このあたりだろうか?
 ベッドのスプリングがきしむ音を聞いてこちらに顔を向けた響野と、つかのま視線が交差する。少なくとも交わったように感じる。
 ゆっくりまばたきする黒い目を見て、切れ長の目尻にふれたくなった。決して実行に移されることのない、昔からなじみの欲望だ。
 響野は勘違いをしている。
 とても簡単に言えば、今の彼は恋愛的な意味で俺に“負けた”気分でいるのだろうけれど、本当はずいぶん前から、負けているのは俺のほうだ。
 相手の焦点のあまい目を見つめるうちに、感情が一枚また一枚と剥がれて、その下に隠された喜びの感情を探り当てる。
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