光の部屋、花の下で。

四日目

64

「……響野？」
　目だけを横方向へ動かして、自分に抱きついている相手を観察した。視界に半分ほど見える横顔は、心なしか目元がこわばっている。まるで、今から断崖を飛び降りて生きるか死ぬかの運だめしをするとでも言いたげだった。
「水元」と静かに名を呼ばれる。
「話し合いたい」
「なっ……何を？」
　口から出た俺の声は自分でもわかるほど腰が引けていた。実際、後ずさりしようとする身体を抑えるのに苦労していた。首に回された響野の腕からは、熱と一緒に彼の緊張が伝わってくる。きっと、俺が怯ひるんでいることも相手には筒抜けだろう。
　響野の頭が動き、彼は懇願するようにまぶたを伏せて俺の襟首のあたりにひたいを押し当てた。
「……話し合える体勢じゃないだろ……これ……」
　先ほどよりも強く抱きしめられながら文句を言う。そんなに葛藤するくらいなら、無理に崖を飛び降りなくたって良いのに。
　俺の肩に頭を乗せた響野も、ため息混じりに「だよな」と応える。そのくせ首に巻きついた彼の腕は外れる気配を見せない。
　耳元で、また声がした。断崖を飛び降りようとする人間よりは落ち着いていて、けれども同じくらい勇気を振り絞っているとわかる声が。
「好きだ」
　生真面目でまっすぐな、響野そのもののような声だった。


　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊


　三度目の桜は、春休みが終わる前に満開になり、そして散った。
　中三の新学期を俺が神奈川で迎えることは、おやじの本意ではなかったらしい。本当ならもっと早くに引っ越したかったと言い、それが果たせなかったことを彼は俺に詫びた。