光の部屋、花の下で。

三尾

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四日目

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 母親なのにどうして子供に会おうとしないのか。借金をするより、そちらのほうがよほどおかしい。父親の再婚に不満はないのか。あるならそれを伝えるべきだ。
 十一年前に勇気を出して家の話をしていたら、響野はやはりこんなふうに俺の親に対して怒りを見せたのだろうか。
 こちらの家庭の事情に無遠慮に踏み込んでくる彼の言葉を、中学生の俺はきちんと受け止められただろうか。
 正直なところ……やはりちょっと厳しかったかもしれない、とは思う。
 言いたいことを一通り言い終えたらしい響野は、そのまま口を閉じて下を向いてしまった。気まずそうにしかめた顔から察するに、彼のほうでも自分の発言に何かしらの後ろめたさを感じている様子だった。
 うつむく相手から視線をそらして、ローテーブルの離れた位置に置かれた二つのグラスをながめる。アイスコーヒーに浸かった氷の塊が、カランと場の空気にそぐわない呑気な音をたてた。
「俺の母親は、今どこにいるのかもわからないよ。頼るとか、そういうレベルじゃない」
 冷めた自分の声が応えるのを、これも自分の耳が、見知らぬ他人の言葉を拾うように聞いている。
「おやじは……」
 続けようとしたとき、記憶の底の蓋が開いて赤黒い夕暮れの景色が浮かんだ。夏休み直前のぬるく湿った大気と、どこかの家からただよってくる夕食の匂い。
 俺は自分の家があるアパートに帰ってきたばかりで、母親はそのアパートの部屋から出てきたところだった。
 明かりの消えた暗い室内から顔を出した彼女に、行き先をたずねた気もするし、何も聞かなかった気もする。長い髪を揺らして夕暮れの中を歩き去る華奢な後ろ姿をしばらく見送った。
 それが母親を見た最後になった。
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