光の部屋、花の下で。

四日目

55

　急速にしぼんでいく自信と入れ違いにわいてきたのは、やけに熱くて質量のある、けれども正体不明の感情だった。内定について響野の質問に答えるあいだも、それがぎゅうぎゅうと心臓を圧迫してくる。
　得体の知れない感情に胸を占拠されていることが居心地悪くて、なるべく不自然でないかたちで会話を切り上げ、ソファを立った。
「コーヒーを淹れるけど、飲む？」
　たずねると、そわついている俺には気付かない様子で、響野は「あまり熱くないやつがいい」とリクエストをよこした。


「再婚したんだ、おやじ」
　アイスコーヒーが入ったグラスを二つ、ローテーブルの上に並べた。
　ソファにやってきた響野と、最初はとりとめもない話をしていたはずが、いつのまにか、おやじにできた新しい家族について、彼に報告していた。
　三重に引っ越したあとの生活は、今思えば、引っ越し前に想像していたほど悲惨なものではなかったと思う。おやじには、むしろ良い影響のほうが多かった。
　彼は三交替制で夜勤ありの工場勤務から、週休二日で定時上がりの職場に仕事を変えた。夕方には家に帰ってばあちゃんの面倒をみるためだ。
　俺は地元の中学校に転校し、通学時間が今までの三倍かかるようになったので、家事もおやじの分担が前より増えた。
　もちろん、働きながらの介護や家事が楽であるはずはなく、大変は大変だったのだ。それでも、実家住まいで家賃は不要になり、ばあちゃんの年金という実入りも増えて、家の経済状態は好転した。物価も首都圏より安かった。借金の返済が滞とどこおらなくなったおかげで、おやじへの督促電話も途絶えた。