光の部屋、花の下で。

三尾

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四日目

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 彼は工場に出かけるときに持参する厚手のリュックを持っていた。普段はぺしゃんこの黒いリュックは、今は中身が詰まって膨らんでいる。
 ドアの外に立っている俺に気付いたおやじは、「おお、帰ったか」とあからさまに安堵した笑みを浮かべた。
「三重のばあちゃんが具合悪いみたいでな、今から行ってくる」
「え? 大丈夫?」
 驚いてたずねたけれど、これには「わからん」と困った調子の答えが返ってきた。近所の人から知らせがきたものの、急病や事故のように一刻を争う状態ではないらしい。様子を見るために、とりあえず帰ってくる、と言われれば、こちらも、承知した、とうなずく以外になかった。
「悪いが、夕食は適当にすませてくれ。戸締まりと火の始末を頼むな」
 いつもと変わらない言いつけを残して、おやじはアパートの錆びた階段をカンカンと降りていった。
 あっという間にいなくなった人影を見送ったあと、ひとり分の夕食を作って食べ、風呂に入り、宿題と予習をすませて布団に入った。急な予定変更があったとはいえ、俺がやるべき仕事は、おやじが夜勤の日と変わらなかった。


 三重のおやじの生家は、在来線の駅から車で一時間ほど行った山間やまあいの集落にある。
 訪ねたのは、おやじに連れられて出かけた二回ほど。
 一回目は結婚したあとの挨拶で、母親と三人で電車に揺られていた記憶がかすかにあった。二回目は離婚の報告で、記憶の密度で言えばこちらのほうが濃い。
 おやじの父親に当たる人は、ずいぶん昔に他界しており、使われていない部屋がいくつもある瓦屋根の家に、おやじの母親がひとりで暮らしていた。
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