光の部屋、花の下で。

四日目

29

　ふたりきりの静かな空間が急に気になって視線をさまよわせる。先を歩いていた響野が、ちょっと待て、と言うように俺を制止して台所へ入っていった。
「だから、俺たちは俺たちで適当に食えってさ。昼前だと混んでて遅くなるから、もう頼んでおかないか？」
　胸のあたりに、にゅっと宅配ピザのメニュー表が突き出された。かと思うと、彼は再び台所に身を引っ込める。
　アパートの郵便受けにもたまに入っている宅配ピザのチラシを秘密文書でも託されたような心持ちで開いた。普段、ながめるくらいはするけれど、頼むことはほとんどない。
「昼飯って、これ？」
　コーラ用だろうか、グラスを二つ手にして台所から出てきた響野にたずねる。相手はどうということもない表情でうなずいた。
「ピザが嫌なら、出前のそばとかもあるぞ」
「今日は……あんまり、金、持ってきてなくて」
　口にしながら、頬のあたりが熱くなるのを感じる。グラスとコーラを持った響野が驚いたように目を見張った。
「飯代はもらってるよ。当たり前だろう。水元に払えなんて言うわけない」
　当たり前、とつぶやく。でも、メニュー表にはそれぞれのピザのＬサイズとＭサイズの値段が載っているし、それはファミレスだったらおやじとふたりでまともな食事ができそうな金額だった。
　金も、食べ物も、空から降ってくるようなものじゃないことは知っている。
　しばらく戸惑った表情でいた響野は、持っていた二つのグラスを横に置くと、俺の手からメニューを受け取った。ずらりと並んだピザの写真を、初めて見るもののようにながめている。