光の部屋、花の下で。

四日目

19

「具合が悪い？」
「大丈夫だ」
　相手の返事を鵜呑みにすることはできなかったけれど、それ以上かける言葉も思いつかなくて、自室に引き上げていく響野を見送った。


　……たぶん、どうにかしたほうがいい。
　高速で走り去る車窓の風景をながめながら、急におかしくなった自分たちの関係について考えていた。
　乗り継ぎ駅で快速特急をつかまえると、都内まではひたすら同じ電車に揺られていればいい。スーツ姿が目立つ車内は、白い照明の下にふたりがけの座席が進行方向を向いて並んでいた。各駅停車のローカル感とは打って変わって、良く言えばビジネスライクな、悪く言えば他者への関心を排除したドライな空気が満ちている。
　三つ目の応募先は、首都圏を中心に展開する訪問介護事業者だった。福祉教育分野で知名度の高い企業が運営元で、一都三県にいくつもの拠点を運営しているらしい。
　面接場所として指定されたのは、県内に散らばる事業所のどれかではなく、都内の本社だった。すべての採用をそちらが担当しているとは考えにくかったので、正社員の枠を希望したせいだろうかと思う。
　ふいに視界が開け、マンションばかりだった車窓に灰色の水面が現れる。神奈川から東京へ出るまでに渡る二本の川のうちの一つだ。ほぼ流れのない、のっぺりした川面が後ろに遠ざかっていくのを見送って、そういえば神奈川こっちに戻ってから観光らしい観光をしていないな、と考える。
　一週間の滞在中に訪れようと思っていた場所があった。何件か入っている面接を全部こなしても、久々の地元を見物する時間は十分にあるはずだったからだ。河口付近のゆるやかな流れを目にするまで、自分が当初の予定を忘れていたことさえ忘れていた。