光の部屋、花の下で。

三日目

50

「歯も親知らずを一本抜いた以外は全部残ってる」
「そうか、髪の毛は？」
「あ、あるよ」
　思わず真面目に答えてしまった。俺もスルーしてやればよかったと悔やんだけれど、あとの祭りだ。内心にやにやしているであろう響野は、わざとらしく眉をひそめる。
「……どうして今……どもったんだ？」
「髪の毛もあります」
　相手が聞いてはいけないことを聞いたみたいに眉間のしわを深くしたので、さすがにイラッとした。
「嘘だと思うならさわってみるか？」
　すると響野は本当に手を伸ばしてきた。俺の顔のはるか手前で、こわごわと空中を探っている手を見ながら、つい数分前にも意識した彼とのあいだの距離をもう一度見た。
「ここだよ」
　手首をつかんで引き寄せると、響野の身体が前かがみに近づいて腕一本分の距離はあっという間に縮まる。つかんだ彼の手が自分の頭にふれるよう誘導した。
　手のひらと五本の指がふんわりと髪を押さえ、響野は確かめるように反対側の手も使って俺の頭をなでる。髪をゆるくかき回す手の動きがくすぐったい。
　ふと、頭上で響野が何かを言った。
「え？」
　聞き返すと、ぎこちない指の動きは止まり、彼は両手で俺の頭をはさんだまま顔を覗きこんでくる。
「顔もさわっていいか？」
　一瞬、何を言われたのか理解できず、くしゃくしゃになった前髪のあいだから相手を見返した。
　顔？と開いた口は、こちらの意思に反して言葉をつむいでくれない。そのことをもう少し焦ってもいい気がしたけれど、やけに切羽詰まった、生真面目な響野の表情を見ているうちに、自分が何に焦らなくてはいけないのかわからなくなった。