光の部屋、花の下で。

三日目

33

　ただ、そこまで近い距離にいても、花瓶の花がどんな状態かを彼が気にしている様子はなかった。
　おそらく、生花のおおよその寿命や、水替えの頻度といった花に関する知識がないのだろう。だから、花瓶の水替えはもっぱら俺がやっている。
　二つ折りにした花を台所のゴミ箱に捨てて、響野の姿を探した。洗面所の方向で物音がしている。見にいってみると、彼は上下二段に分かれた洗濯機と乾燥機の前に立って、上の段の乾燥機から衣類を取り出しているところだった。
「買い物に行くけど、何か食べたいものある？」
　俺の声かけに、響野は手を止めてふり返る。
「何でもいいよ。任せる」
「とくに希望がなければスプーンで食べられそうなものにするよ。シチューとグラタンだったらどっちがいい？」
　問いを重ねると、相手はぎこちない手つきで洗濯かごを抱え、こちらに向き直った。
「ありがとう」
　かみ合わない会話に、うん？とまたたく。響野のほうも戸惑いをにじませた顔で同じように何度かまばたきをした。
「ええと、どっち？」
「じゃあ……グラタンで」
　遠慮がちな態度をいぶかりつつも、「わかった」とうなずく。
　響野はゆっくりと身体の向きを変えた。話は終わったというように、洗濯機の上にかごを固定させ、乾燥機の円い窓から手探りで残りの洗濯物を回収していく。
「行ってきます」
　働いている相手の背中に声をかけた。
　門のないアプローチを抜けると、そこには十余年前と変わらず、道沿いに一戸建てが連なる閑静な住宅街が広がっていた。平日の夕方という時間帯もあってか、通りには犬の散歩や買い物帰りの人々の姿が目立つ。