光の部屋、花の下で。

三日目

9

　ふい討ちをくらい、半開きのリュックに視線を留めたまま動きが止まる。
「他クラスの女子だろ。原田はらだたちが騒いでたぜ」
「……ああ、そう」
「モテんじゃねーか」
「安西うるさい」
「相手、誰だ？」と今度は響野が聞いた。
「わからない。話したことない子だった。名前は……教えてもらったけど、言わないほうがいいと思う」
「何で？」
「ことわったから」
　ようやく手元のリュックから顔を上げられるようになると、視線の先で響野が首をかしげる。
「付き合わないのか？」
　まったく屈託のない問いに、胸がぎゅっと縮まるのを感じた。どんなに避けようとしても、こんなふうに向こうから飛んでくる球はかわしようがない。
「だって、よく知らない相手だよ？」
　響野は考え込むように黙ったあと、「そうか」とつぶやいた。
「“おめでとう”とか、そういうことを言うシチュエーションなのかと思った」
「俺の恋が実ったんだったら、そう言ってほしいけど」
　今日のは違う。今日のは、彼女の恋だ。そして実らなかった。
　ごめん、と告げた瞬間、相手の顔に浮かんだ暗い表情を思い出す。
　実らせたかったであろう恋を退けたのは俺だった。そういう俺自身も実を結びそうにない恋をしていて、自分がことわった相手に自分の恋愛を重ねて同情している。いびつな共感の仕方だと思う。
「じゃ、俺行くわ」
　寝室が別の安西がそう言って立ち上がった。風呂の終了時刻が近いことを思い出して、彼と一緒に部屋を出た。廊下の途中で別れ、人の少ない大浴場でのろのろと身体を洗う。