光の部屋、花の下で。

三尾

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一日目

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「どうして?」
「水元の声が嫌そうだから」
 そんなに感情が声に出ていただろうか? 驚くと同時に気まずくなった。
「好き嫌いっていうより、ふらくつくと転んだりするから、一応気にしておきたいって感じかな」
 響野のもらった錠剤に見覚えがあるのは、施設で働いていたときに同じ薬を扱ったことがあるからだ。
 睡眠導入剤を服用している高齢者はめずらしくない。人間の眠りは年齢とともに浅くなる傾向があるからだ。本人が不眠を訴える場合もあれば、家族が本人の健康や夜間の徘徊を心配して処方を依頼する場合もある。副作用は個人差が大きいけれど、強めに出た場合は、転倒リスクが高まるので油断できなかった。
「眠れるようになったって、転んでケガをしたら元も子もないだろ」
 響野の手を取り、手のひらにグラスをあてがう。骨張った指がきちんとガラスの表面をつかんだのを確認して手を離した。
「嫌ってるように聞こえるけどな、やっぱり」
「そうかな」
 相手の言葉に笑みが漏れる。自分でもびっくりするほど苦さの混じった笑いだった。
「薬は必要だから処方されるもんだろ。俺が自分で気をつけようと思うだけで、ケチをつけたいわけじゃないよ。ごめん」
「……“ごめん”って、何が?」
「飲む前に怖がらせたかなと思って」
 響野は器用に片方だけ眉を上げると、無言で薬を口に入れ、グラスをあおった。
 “怖くない”と主張したつもりなのだろうけれど、相変わらずいじっぱりだな、という感想のほうが先に立つ。
「二、三十分くらいで効果が出るはずだから、もうベッドに入ったほうがいいよ」
 空になったグラスを彼の手から回収しつつ助言すると、今度はすなおにソファから身を起こした。
「おやすみ」
 壁伝いにリビングの階段へ向かう響野に声をかける。見えない目がこちらをふり返って「おやすみ」と返事をした。
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