7 / 377
一日目
6
しおりを挟む
響野、だよな?
舌の真ん中あたりまで出かけた名前を、口にする直前でためらって、結局飲み込む。
本人だ、間違いない。十年以上も経っているけれど――わかる。
足早に病院の中に戻り、運転手にはしょった部分も含めた全部の事情を受付で話して車椅子を借りた。混乱している頭とは裏腹に、身体はいつもの仕事をなぞるように迷いなく動いた。
タクシーから降りようとする響野に軽く声をかけ、手と腕を支えて車椅子に誘導する。ふれられても、相手はおとなしく誘導されるだけでこちらに気付く様子はなかった。
車のシートから立ち上がった姿を見て、背が伸びたなと思う。体型はあまり変わらず、ひょろりとしている。視線の交わらない瞳の奥には、ほとんど感情の波が立たなくて、そのことがどうにも気がかりだった。
待合スペースに着いた響野が看護師に付き添われながら問診を受けるのをながめていると、事務スタッフが近づいてきて「あとは大丈夫ですから」とささやく。
「面接ですよね?」
「あっ」
九時五十七分。あわててベンチに置いていた鞄を持ち上げた。スタッフの女性がにこりと笑って頭を下げる。
「ありがとうございました。うまくいくといいですね」
福祉サービスセンターに向かう前に、まだ問診に答えている響野をもう一度ふり返った。
看護師と向かい合う横顔は、相変わらず表情に乏しくて、そしてやっぱり顔色が悪かった。
響野伸也と一緒にいたのは、十年以上も前のことだ。
正確には十一年前。
ふたりともまだ中学生で、黒い詰襟の学生服を着ていた。
毎日教室で顔を合わせて、放課後も校内の使われていない教室に潜りこんでは、とりとめもない話をした。
舌の真ん中あたりまで出かけた名前を、口にする直前でためらって、結局飲み込む。
本人だ、間違いない。十年以上も経っているけれど――わかる。
足早に病院の中に戻り、運転手にはしょった部分も含めた全部の事情を受付で話して車椅子を借りた。混乱している頭とは裏腹に、身体はいつもの仕事をなぞるように迷いなく動いた。
タクシーから降りようとする響野に軽く声をかけ、手と腕を支えて車椅子に誘導する。ふれられても、相手はおとなしく誘導されるだけでこちらに気付く様子はなかった。
車のシートから立ち上がった姿を見て、背が伸びたなと思う。体型はあまり変わらず、ひょろりとしている。視線の交わらない瞳の奥には、ほとんど感情の波が立たなくて、そのことがどうにも気がかりだった。
待合スペースに着いた響野が看護師に付き添われながら問診を受けるのをながめていると、事務スタッフが近づいてきて「あとは大丈夫ですから」とささやく。
「面接ですよね?」
「あっ」
九時五十七分。あわててベンチに置いていた鞄を持ち上げた。スタッフの女性がにこりと笑って頭を下げる。
「ありがとうございました。うまくいくといいですね」
福祉サービスセンターに向かう前に、まだ問診に答えている響野をもう一度ふり返った。
看護師と向かい合う横顔は、相変わらず表情に乏しくて、そしてやっぱり顔色が悪かった。
響野伸也と一緒にいたのは、十年以上も前のことだ。
正確には十一年前。
ふたりともまだ中学生で、黒い詰襟の学生服を着ていた。
毎日教室で顔を合わせて、放課後も校内の使われていない教室に潜りこんでは、とりとめもない話をした。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
冴えないおじさんが雌になっちゃうお話。
丸井まー(旧:まー)
BL
馴染みの居酒屋で冴えないおじさんが雌オチしちゃうお話。
イケメン青年×オッサン。
リクエストをくださった棗様に捧げます!
【リクエスト】冴えないおじさんリーマンの雌オチ。
楽しいリクエストをありがとうございました!
※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない
すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。
実の親子による禁断の関係です。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
お酒に酔って、うっかり幼馴染に告白したら
夏芽玉
BL
タイトルそのまんまのお話です。
テーマは『二行で結合』。三行目からずっとインしてます。
Twitterのお題で『お酒に酔ってうっかり告白しちゃった片想いくんの小説を書いて下さい』と出たので、勢いで書きました。
執着攻め(19大学生)×鈍感受け(20大学生)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
花婿候補は冴えないαでした
いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる