光の部屋、花の下で。

三尾

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プロローグ

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 歌を聴いていた。
 部屋に流れる陽気な音楽に合わせて大勢の人が歌い、手拍子をしている。
 弦楽器の乾いた音に、弾けるような打楽器と、しっとりした縦笛の音色が混じる。
 楽しいざわめきに満ちた四角い部屋はおもちゃ箱みたいだ。
 壁にあいた小さな窓に目をやると、外はもう暗かった。ふと心細さがこみ上げて、にぎやかな室内を見わたす。
「ヒジリ、マリアはどうしたの?」
 ぽつんと腰かけている俺に気付いたように、近所に住む女の人が声をかけてきた。
「いない」と答えたとたん、彼女の顔がはっきりと曇る。
「またかい? ……しょうがないね」
 俺と同じように小窓の向こうを見た相手は、「もうちょっとして戻ってこなかったら、うちに泊まっていきな」と言った。
 母親が帰らない夜は、たいてい彼女や、彼女の家族と一緒にすごさせてもらっていた。ずっとそうだったから、このときも相手の言葉に黙ってうなずいた。
 いつのまにか歌は終わり、大小さまざまなサイズのテーブルの上を、手から手を伝って料理の皿が運ばれてくる。
 壁ぎわにちんまり腰かけている子供の存在には、さらに何人かが気付いたようだった。
「何だ、ヒジリ、ひとりか?」
 やはり近くに住んでいる男の人が言った。
 ここではみんな集まって暮らしている。さすがに一つ屋根の下ではないけれど、玄関ドアを開ければ、すぐ前によその家のドアが見えて、生活圏はほとんど同じだった。
 大人たちは同じ工場で働き、子供たちは同じ学校に通う。同じスーパーで食材を買い、同じレストランで食事を取り、同じコインランドリーで服を洗濯する。
 だから、どの顔もよく知っている。
「マリアだな、見かけたら言っておくよ」
 まあ食え、と目の前のテーブルに丸い揚げ物の乗った皿が置かれた。コロッケに似ていて、中にほぐした鶏肉が入っている。コシーニャという料理だ。
 浅黒い手が無造作にこちらの頭を撫で、丸まった背中を叩いた。
「大丈夫。明日になりゃ帰ってくるさ」


 ものごころついた頃の最初の記憶は、大勢の人々と一緒にいたことだった。
 母親はいなかった。
 周囲の大人たちは、みなやさしくて親切だった。
 部屋の中にはどこまでも陽気な音楽が流れていて、自分が悲しかったのか、そうでもなかったのか、もうはっきりとは思い出せない。
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