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DAY AFTER
26
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「指輪までしてるのに、外で手をつなげないなんて変だ」
半分は自分に言い聞かせるためにつぶやいた。黙って手をつながれたまま横についてくる水元を横目で見る。
「また、黙ってただろう」
「え?」
「転職のこと。前の職場を辞めたのは、こっちに戻ってくるためなんかじゃなくて……」
施設長が変わってから、前にいた介護施設が居づらくなった、と吉武は言っていた。
水元は去年転職するまで新卒で入った職場を替えていないから、彼女が話していたのは水元がいた施設のことだ。
「何かあったのか?」
たずねると、水元は首をかしげる。だが、吉武の話が発端になったことは察したのだろう、複雑な話のときにいつも見せる、考え込むような表情をしていた。
「難しいことを聞くね」
「おまえが何も言わないからだろう。いつだって」
響野が握った手に力を込めると、それを見下ろした相手はなぜか微笑む。
手をつないだのは口論を避けるためでもあった。相手の身体の一部にふれたまま言い合いや喧嘩をするのは不可能に近いということを、この一年で学んだ。
「だって、本当に難しいんだ……差別とか偏見とか、人の悪意について話すのは……」
それは水や空気のようなものだ、と水元は言った。
自分の周囲にある水や空気を、たいていの人間は意識しない。当たり前のように存在していて、生きていくのに不可欠なものだから。
半分は自分に言い聞かせるためにつぶやいた。黙って手をつながれたまま横についてくる水元を横目で見る。
「また、黙ってただろう」
「え?」
「転職のこと。前の職場を辞めたのは、こっちに戻ってくるためなんかじゃなくて……」
施設長が変わってから、前にいた介護施設が居づらくなった、と吉武は言っていた。
水元は去年転職するまで新卒で入った職場を替えていないから、彼女が話していたのは水元がいた施設のことだ。
「何かあったのか?」
たずねると、水元は首をかしげる。だが、吉武の話が発端になったことは察したのだろう、複雑な話のときにいつも見せる、考え込むような表情をしていた。
「難しいことを聞くね」
「おまえが何も言わないからだろう。いつだって」
響野が握った手に力を込めると、それを見下ろした相手はなぜか微笑む。
手をつないだのは口論を避けるためでもあった。相手の身体の一部にふれたまま言い合いや喧嘩をするのは不可能に近いということを、この一年で学んだ。
「だって、本当に難しいんだ……差別とか偏見とか、人の悪意について話すのは……」
それは水や空気のようなものだ、と水元は言った。
自分の周囲にある水や空気を、たいていの人間は意識しない。当たり前のように存在していて、生きていくのに不可欠なものだから。
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