ポケットのなかの空

ＤＡＹ７

4

「伸也」と伯母が声をかけてきた。
「大丈夫」
　立ち上がったとき、通路の先にぼんやりと明かりが見えることに気が付いた。
　ナースステーションだ。
　明かりのほうへ行って声をかけると、当直の看護師から訪問者名簿を書くように言われた。話している相手の姿や、手元の用紙は、ぼやけてほとんど見えない。
　動きを止めた響野の横から手を伸ばして、佳子が記帳を引き受けた。
「おふたりは、ご家族の方ではないんですか？」
「彼は同居人です。目が不自由なので、私はその付き添いで」
　名簿を覗き込みながらたずねる看護師に、てきぱきと伯母は答えた。
「そうですか。申し訳ありませんけれど、面会は三十分ほどでお願いします」
　佳子の答えを受けてだろう、看護師の声が響野のほうを向く。
「杖か何かは、お持ちじゃないんですか？」
　杖、と響野はつぶやいた。
「ないです。障害の認定は受けていないので」
　病室の部屋番号と面会者用のネームプレートをもらって、きたときと同じように暗いリノリウムの床を踏んで歩いた。
　やがて、青暗い風景の先に〈集中治療室ＩＣＵ〉の表札プレートが見えてくる。
　すりガラスの向こう側に病院スタッフの影がうごめいていた。医師や看護師があわただしく行き交い、時折、ベッドに横たわった患者の上に身を乗り出している。