上 下
27 / 42

酔っ払い

しおりを挟む





「長谷川代表が会いに来たと知れば、きっと永瀬主任もお喜びになるかと思います」



車を運転しながら、嬉しそうに笑い永瀬君の事を話す田中さん。
顔の肉が落ちているため、少し表情筋を動かすだけでもあちこちに皺が出来ている。
笑うと目元の皺がハッキリと見て取れて、痛々しい。
・・・私は、永瀬君よりもあなたが心配です、田中さん。



「田中さん・・・なんかいつも迷惑かけてすみませんね」



特に永瀬君とか永瀬君とか永瀬君とかが。
でもごめんなさい。
現状あの子にまともに向き合える社員はあなたしかないのです、田中さん。



「いえいえ、とんでも御座いません。・・・むしろ、今回の件は少しホッとしてもいるのですよ・・・仕事においてはとても完璧で、他人と常に一線を置いて関わろうとしないあの方が、年相応に悩んだりする姿は微笑ましくもあります」



何か、とんでもない発言を聞いてしまった・・・
永瀬君の仕事が完璧?
そんな評価を聞いたら、ビッグの技術部門の社員は全員泣き出すだろう。

確かに、プログラマやハッカーとしての才能は天才的な永瀬君だ。
だが、他人のコードを良しとせず、自分一人で全て作り上げるワンマンプレーは、会社という組織の中では必ずしも優秀とは言えない。

永瀬君自身も、会社の就業規則やら何やらに縛られるのは好まない。
裕貴と田中さんの存在があって初めて、ビッグの中でも永瀬君が活きるのだ。

『コンピューターってさ~、0と1の繰り返しでしょ?イエスかノー。すっごく単純で、必ず答を返してくれる』

幼い頃からコンピュータと向き合ってきた永瀬君にとって、パソコンは友達で。
感情という複雑な仕組みで動く人間関係を嫌う節があり、他人に深く詮索されることも拒絶する。
いつもヘラヘラしてるし、見目が良いから周りに人は多く居たけど、誰に対しても距離を置いた付き合いをしていた。

人間不信なのに、妙に処世術に長けていて、技術と知識は傲慢なほど超人的で。
扱いにくいことこの上ない人物だ。

田中さんはそんな問題児の一番の被害者であるハズなのに、どれだけ振り回されても嫌な顔一つせずに付き従っている。
二人は昔からの知り合いでも何でもなく、永瀬君がビッグに入社したときに他の社員では手綱を握れず、裕貴が田中さんを配置したのだ。
そして田中さんは、本当に永瀬君を尊敬し、称賛している。

田中さんは今年確か32歳。
19歳の永瀬君が、もしかしたら息子か弟のように思えるのかもしれない。
・・・田中の永瀬に対する敬愛ぶりを、由佳はそう解釈することにした。



「・・・永瀬君、何か思い悩んでいるの?」



由佳はそこが気になっていた。
そんな話は裕貴から聞いていない。
・・・あの永瀬君が思い悩む?
全く想像できないのだ。



「ええ。最初の一週間ほどは、ろくに食事も取らずにいらっしゃたようで・・・使用人の方々も大変心配されていました」

「え?!そんなに?想像出来ないんだけど・・・今はちゃんと食べてるの?」

「はい。森宮社長が、長谷川代表に差し入れされたサンドウィッチと同じ物を持ってきて下さり、それを召し上がった後からはお食事も摂られるようになったそうです」

「へ?・・・あ、そうなんだ・・・?」



サンドウィッチ・・・?
裕貴、そんな完成形の差し入れって持って来てたっけ?
いつも調理されて出てくるから、分からなかったのかもしれない。
もしかしたら、いつかの食事にサンドウィッチが混じっていたのかもしれない。
うん、多分そうだろう。



「・・・で、永瀬君は何で悩んでいるの?」

「そうですね・・・わたくしもご本人から直接お聞きしたわけではなく、主任のご様子から『何かを悩んでおられる』と察するに至ったわけでして・・・何に対して悩んでおられるのかまで分かりかねまして・・・」

「あー・・・なるほど」



申し訳ございません、と済まなそうな顔をして笑っている田中さん。
分からない、と言いつつも何かを知っていそうな田中さんの様子に、はぐらかされた気もしなくはないが、まぁあの永瀬君が誰かに相談なんてするとも考えにくい。


ん?二週間前・・・
まさか、事務所での零のチェーンソー脅迫が原因か?
たしかに普通の人間だったらトラウマになってもおかしくない。
永瀬君の性格から鑑みると、あれごときで悩むとも思えないが・・・

うん。分からない事は本人に直接会って聞いてみよう。
何にしろ、永瀬君の悩んでいる『問題』とやらを解決して、田中さんを激務から解放してあげなきゃ。

永瀬君が通常通りに戻ったら、田中さんにも長期休暇が取れるように裕貴に話してみよう。

・・・隣で運転する痩せこけた田中を見ながら、由佳はそう考えていた。














久しぶりに来た、永瀬君が暮らす高層ホテル。
田中さんの後を付いて、エレベーターに乗り込む。
ポン、と音が鳴ってエレベータが止まると、目の前の扉が開く。
扉の先には、老紳士が頭を下げて待っていた。



「田中様、お疲れ様です」

「神谷さん、こんにちは。今日は長谷川代表も一緒なのですが、永瀬主任はいつもの部屋におられますでしょうか?」

「!!これはこれは、ご無沙汰しております、長谷川様。ようこそおいで下さいました。・・・十紀様ですが、先ほどホテルのプールに向かわれまして・・・もうすぐ田中様がいらっしゃるのでと、お止めしたのですが、申し訳御座いません・・・」

「ははは、そうですか。長谷川代表が来ている事を知れば、きっと直ぐに戻ってこられると思います」

「はい、直ぐに呼びに向かわせますので、お二人はどうぞこちらでお待ちになって下さい」



そう言って私達を案内してくれる神谷さんは、スーツをビシッと着こなした老紳士だ。
永瀬君には『じいや』と呼ばれている、古参の使用人さんらしい。
私と顔を合わせるのも久しぶりのはずなのに、覚えていてくれたようだ。






案内された部屋には、裕貴の言うとおり酒瓶と菓子袋が転がっていた。

永瀬君は『客間』と呼べる来客を持てなす部屋を持たない。
どうしても必要な時には、ホテルのロビーか別の部屋を用意しているみたいだ。
なので、私達は普段永瀬君が生活している部屋にそのまま通された。



「・・・うわぁ、何この高級ワインの数々・・・」



正直に言おう。
私はお酒が好きである。
一番好きなのは日本酒。次いでワイン、そして梅酒だ。
しかしワインだけは酔いやすくすぐ潰れるため、裕貴が一緒でない場合は出先で飲むことを禁止されていた。
日本酒や他のお酒では大丈夫なのに、謎である。



「・・・長谷川様、気になる銘柄が御座いましたら、お帰りになる際にご用意致しますので仰って下さい」

「え?良いんですか?!」

「もちろんで御座います。長谷川様には、いつもお世話になっておりますので」



やったー!!
永瀬君のお世話は、主に裕貴と田中さんがしているけど。
ここはお言葉に甘えていくつか見繕わせてもらおう。
裕貴もきっと喜ぶはず。



「・・・では、十紀様もそろそろいらっしゃると思いますので、今しばらくお待ち下さい。只今、コーヒーをお持ち致します」

「ああ、神谷さん、お気になさらず」



田中さんと軽く会話すると、部屋を出て行く神谷さん。
その瞬間に、私はあちこちに無造作に置かれたワインを物色し始める。



「うわぁ~第1級シャトーが沢山ある~!!あ、ロマネコンティもいいなぁ~!」



既に当初の目的を忘れ、ワインの品定めに夢中になる由佳であった。















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

4人の王子に囲まれて

*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。 4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって…… 4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー! 鈴木結衣(Yui Suzuki) 高1 156cm 39kg シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。 母の再婚によって4人の義兄ができる。 矢神 琉生(Ryusei yagami) 26歳 178cm 結衣の義兄の長男。 面倒見がよく優しい。 近くのクリニックの先生をしている。 矢神 秀(Shu yagami) 24歳 172cm 結衣の義兄の次男。 優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。 結衣と大雅が通うS高の数学教師。 矢神 瑛斗(Eito yagami) 22歳 177cm 結衣の義兄の三男。 優しいけどちょっぴりSな一面も!? 今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。 矢神 大雅(Taiga yagami) 高3 182cm 結衣の義兄の四男。 学校からも目をつけられているヤンキー。 結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。 *注 医療の知識等はございません。    ご了承くださいませ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

ロザリーの新婚生活

緑谷めい
恋愛
 主人公はアンペール伯爵家長女ロザリー。17歳。   アンペール伯爵家は領地で自然災害が続き、多額の復興費用を必要としていた。ロザリーはその費用を得る為、財力に富むベルクール伯爵家の跡取り息子セストと結婚する。  このお話は、そんな政略結婚をしたロザリーとセストの新婚生活の物語。

処理中です...