聖邪の交進

悠理

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モモが戻ってきてから、誰も口数が少なくなった。口を開くのはモモくらいで、それも「お腹は空いてませんか?」や「喉は乾いていませんか?」と言った気遣い程度で、ムートはそれらに対して「問題ない」とだけ返した。
やがて日も落ちてきて、モモは拾ってきた薪に、手早く火を熾す。炎が燃え上がったと同時に、横になっていたウルゴが体を起こした。

「ふああ…………」

「お目覚めになりましたか」

炎から体を離したモモが、ウルゴに伺い立てる。

「おう。悪いけど、なんか食い物をくれねえか?」

「はい。ちょっと待ってくださいね」

モモが鞄から、携帯食や保存食が入った食料袋を取り出す。その中を覗き込み、干し肉をウルゴに手渡した。

「ムートさんもどうぞ」

ムートにも干し肉を渡す。彼はそれをじっと見つめ、黙ったまま受け取った。干し肉は町中でも販売されているが、モモが手渡したそれは、町では見た事がない肉だった。

「……なんの肉だ?」

「そちらはウサギのお肉です。鳥や豚に比べて癖がありますが、我慢してください」

「聖職者が肉を食べていいのか?」

「はい。戒律でも禁じられていませんし、むしろ奪った命には敬意を払うように教えられていますから」

敬意というのはあいまいな表現だが、モモはそれを人の糧とすると捉えた。決して食べきれない量を獲ることはせず、生きるのに必要な分を獲る。食べられない内臓は埋め、他の生き物の糧になってもらうようにしていた。

「つまりこれは野生のものか。悪魔が放つ邪気の影響はないのか?」

「ありません。邪気は、人類のみを対象としているようです」

これまで旅をした中で、邪痕がある他の生き物は見なかった。何より、悪魔は人間を襲うが、他の生物を襲ったところを見た事がない。それどころか、モモは鹿の群れに混じる悪魔を見た事がある。鹿はまるで悪魔が見えていないように、その場の草を食み、悪魔もまた興味がないようにその場に佇んでいた。最も悪魔は、モモたちの存在に気づいた瞬間、彼女らめがけて突進してきたが。
その後近くにいた鹿をしばらく観察し、一匹を仕留めて解体をしたが、やはり異常はなかった。ウルゴが食べているのは、この時の鹿の肉だ。

「あくまで人類の敵というわけか。君たちのような宗教家は、これを神が下した人類への裁きとでもいうのだろうな」

「余所の教えは知りませんが、少なくとも我々はそのように考えていませんよ。悪魔、もとい邪気は人類にとって災厄であり、滅ぶべき存在です。そしてそのために、我らが主の力が必要なのです」

真剣な表情で語りながら、モモは自分の分の干し肉に噛り付く。ムートは受け取った干し肉を見つめ、恐る恐る口をつけた。彼女の言う通り、多少癖はあったが、特に気にするほどではなかった。

「邪気とは一体、なんだろうな……」

口から肉を離し、小さくつぶやく。その質問に、誰も答えなかった。ただモモは一瞬だけ、手に持った肉に食い込むほど、手に強い力が込めていた。
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