聖邪の交進

悠理

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やがて三人は、小高い丘の麓までやってきた。陽も沈み始め、間もなく黄昏時になろうとしている時間だ。

「アミュレットの反応からして、ここに悪魔がいるようですね」

モモの言葉を聞いて、ウルゴとムートは丘を見上げる。先の方は木々が生い茂り、森のようになっていた。

「それにしても、ここまで悪魔が一匹も現れないとは」

「拍子抜けしたか?」

ウルゴの言葉に、ムートは「まあね」とそっけなく返した。

「悪魔は聖水を嫌うからな。力が弱くなる新月でもない限り、町の近くに立ち寄る事はねぇ。人が頻繁に行き交うわけでもねえから、大抵の悪魔は日影の多い森や洞窟の中に潜んでるんだよ」

「悪魔は陽の光に弱い、ということか」

「それはどうかな。人の気配を感じ取りゃあ、太陽の下でも普通に出てきて襲ってくる奴もいるからな」

ウルゴがそう言うと、彼は背負った棺桶を手で持ち上げ、二人の前に立った。
同時に、彼の言葉を証明するかのように、目の前の森から悪魔が飛び出してきた。

「っらあ!」

ウルゴが拳を振り下ろし、悪魔を殴りつける。悪魔が地面に叩きつけられると、ウルゴは追撃するように足で力強く踏みつけた。
その二回の攻撃で、悪魔はピクリとも動かなくなる。ものの数秒の出来事に、ムートは呆然としてしまった。

「ムートさん。これが悪魔です。見た目は多岐に渡しますが、共通するのは凶悪な角と、体中に刻まれた邪痕です」

ウルゴが悪魔を掴み、その体を起こした。
黒い邪痕が体中に広がり、真っ黒に染まった肌。頭部から伸びた角は、ウルゴの拳で中央辺りからへし折れている。手には鋭利な爪が長く伸びており、顔の形はどこか獣じみていた。

「これは生来の悪魔か? それとも悪魔病によって悪魔になった人間か?」

「さあな。お前はどっちだと思う?」

「質問に質問で返すのは感心しないな。だがそうだな。この獣みたいな見た目からして、生来のものだろう」

「いえ。悪魔の由来がどちらかは、見た目からは判別できません。悪魔病によって悪魔になった人の中には、本来の体格よりも大きくなり、手足の無い悪魔になった例もありますから」

モモが答えると同時に、ウルゴが持った悪魔の体が、ボロボロと崩れ去った。地面に落ちることも、風に乗って流されることもなく、崩れた肉体はまるで元々なかったかのように消滅した。
モモは両手の指を絡ませて、ウルゴに向けて祈りを捧げる。祈りの対象は、先程散っていった悪魔に向けてだった。

「悪魔は主の敵対者じゃあないのか?」

ムートが訊ねるが、モモは祈りに集中しているようで、答えは返ってこなかった。代わりにウルゴが口を開いた。

「元々人間だったかもしれねえから、来世の無事を願って祈るんだってよ。俺は無駄だと思うけどな」

呆れたようにウルゴが言うと、森の中から再び悪魔が現れた。先程とまるで同じ形態をした悪魔だ。背後から不意を突くようなタイミングだったが、ウルゴはとっさに振り向いて、同じように拳を振るった。同様に地面にたたきつけられた悪魔に対し、ウルゴが追撃をしようと足を上げる。

「おい。待て」

ムートが制止すると、ウルゴは足を上げたまま彼の方を向いた。

「少し僕の研究成果を試させてもらおう」

そう言ってムートは持ってきた鞄の中から、瓶を取り出す。昨日、サラが帰った後に改めて作った聖水の模造品だ。それを見たウルゴが表情をゆがめた。

「結局作ったのかよ……」

「人類が悪魔に立ち向かうためなら、君は協力すると言ってたじゃないか」

「人間の力だったらな。お前のそれは、神の模造品だろ」

「何が違う? いや、今はそんな議論をしてる場合じゃないな」

悪魔が起き上がる前に、ムートはそれに向かって瓶を投げつけた。瓶が砕け、中の液体が悪魔にかかる。だが悪魔に変化はなく、ゆっくりと起き上がった。
ウルゴが再び拳を構えるが、それより先に悪魔の頭が破裂した。ウルゴの後ろにいたモモが、銃を構えており、その銃からは硝煙が立ち昇っていた。

「ムートさん。主の生み出したものを再現するなど、我々人類には到底できませんよ」

モモはウルゴを追い越して、たった今撃ち抜いた悪魔に対しても、祈りを捧げた。

「それとウルゴさん。私の祈りは確かに無駄かもしれません。だとしても、今生を邪気によってけがされた魂には、来世での救いを願わずにはいられないのです」

祈りを終えると、モモはそのまま真っすぐに森の方を見た。

「行きましょう。目的の悪魔は、この先です」

モモが歩き出すと、ウルゴもその後に続く。そんな二人の後を追いながら、ムートはウルゴの言葉について考える。
悪魔に立ち向かう研究は認める。だが神の模造は認めない。一見矛盾しているように思えるが、そこにもう一つ、モモの言葉を思い出す。
主の生み出したものは、人類には再現できない。
つまり現存する主による悪魔への対抗手段は、それ以上増やすことは出来ないと捉えられる。

(人類の手で悪魔への対抗手段を生み出すには、既存の模倣ではなく、新たに何か見出さなければならないということか)

今までの研究は全て無駄だった。だがそれがわかっただけでも、彼らへの同行は意味があった。
それにまだ確認していない事もある。懐に手を入れながら、ムートは二人の背中を見つめた。
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