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教会を出ると、ウルゴはすぐ近くに置いておいた棺桶を背負う。それを見守っていたモモが、自分らに向けられる視線を感じ取り、振り返る。昨日出会ったムートが、そこに立っていた。
「ムートさん。どうしてここに?」
「サラから話を聞いた。そのうえで一つ聞きたい」
ムートはモモに詰め寄って、問いただした。
「君は彼女の浄化したのか?」
「……はい。昨日、サラさんに邪痕が浮かびあがったので、浄化をさせていただきました」
「邪痕だと? 彼女はこの町を出ていない。邪気に晒されていないのに、そんなことが起きるか?」
「それは……」
モモが答えに詰まる。これ以上は、教団でも知る者が少ない重大機密にあたる。
モモが答えない限り、ムートは離れるつもりはないようだ。見かねたウルゴが、二人の間に強引に割り込み、ムートを見下ろした。
「お前よぉ。昨日こいつに言ったよな? 人に答えを求める前に、自分で考えろって」
彼の意趣返しに、今度はムートが言葉を詰まらせた。沈黙を確認し、ウルゴがモモに振り返った。
「おい。行こうぜ。今日は悪魔を殺りにいくんだろ?」
「は、はい。そうですね」
ウルゴが先にムートの横を通り過ぎると、モモが「失礼します」と頭を下げて、その後に続いた。
「待て」ムートが呼び止める。「悪魔を倒しに行くんだったら、僕も連れていけ」
その提案に対して、モモは首を横に振った。
「出来ません。主の庇護下にある民を危険に晒すわけにはいきませんから」
「僕は信徒じゃない。君の言う庇護下の民ではないさ」
「いえ。主を信仰していなくとも、この世界に生きる全ての人は、主とそれに仕える私たちが守る民です」
「傲慢な言い草だな。世界を救えるのは自分たちだけだと?」
二人のにらみ合いが続くと、先を歩いていたウルゴが戻ってきた。
「理由を聞いてもいいか。どうして俺たちと行きたいのか」
「簡単な話さ。悪魔への対抗策を見つける為だ。なんなら死体の一つでも持ち帰って、その体の研究が出来たら理想だね」
ムートの言い分に、ウルゴが「いいじゃねえか」と口角を上げた。
「モモ。こいつも連れて行こうぜ。もしこいつが本当に悪魔への対抗手段を見いだせたら、主なんてもんに頼らなくてすむからな」
ウルゴがモモに進言するのを見て、ムートは意外そうに首を傾げた。
「君、昨日は僕に聖水や聖装具の作成はやめろと言ってなかったか?」
「あれは神の領域に手を出すなって意味だ。人間の力で悪魔に対抗するってんなら、俺はむしろ応援するぜ」
「君は一体どっちの味方なんだ」
「そりゃあ至極単純よ。俺は、全人類の味方だ」
「ならばなおのこと、ムートさんには安全な場所に居てもらうべきでは?」
二人のやり取りの間に、モモが挟まってくる。
「悪魔の脅威はその力だけではありません。彼らがその身から放つ邪気は、人を悪魔病に導きます」
「だがサラは邪気に晒されていないにも関わらず悪魔病になった。暁の門の話では、悪魔病患者からの感染はないという」
モモへの反論の言葉だったが、そこでムートは一つの考えに辿り着いた。
「もしや感染しないというのは嘘なのか? 患者の家族を守るためについた方便といったところか。ずいぶんとお粗末だな」
「いえ。嘘ではありません。悪魔病患者から直接感染するという事は、絶対にありえません」
含みのある言い方に、ムートが眉を上げる。
「直接、ということは間接的な何かがあるということか? 何か悪魔病を誘発させる食べ物や飲み物があるだとか」
「そこまでだ。論点がずれてるぜ」
ウルゴの介入で話が遮られ、ムートは彼を睨みつけた。だが彼の言う通り、今は悪魔の討伐に同行するという話だった。
「モモ。二人まとめて、俺がきっちり護衛するからよ。ここはひとつ頼むぜ」
ウルゴが軽く頭を下げて見せるが、モモは一向に納得しなかった。
「何度でも言いますが、悪魔への対抗手段の無い方を危険に晒すわけにはいかないんです」
「だから、その対抗手段を見出すために、直接退治するんだよ。人間はそうやって危険を安全に変えてきたんだからよ」
「私たちがその対抗手段です。わざわざ危険を冒してまで、新しい手段を探させることに、意味があるんですか?」
「意味があるかどうかは本人次第だろ。お前や教団が決める事じゃあねぇ」
二人の言い合いはなおも続く。ムートは完全に蚊帳の外に置かれていた。
「モモよぉ。少し考えてみろよ。もし主が復活した時に、人類が完全に主を頼りきってたらどう思う?」
「どう思うもなにも……主を信仰しているのですから、何も間違いではないでしょう?」
「あのなぁ。信仰と依存は別もんだろ。信仰は見守ってもらうって感じで、そいつがいなくたって生きていける。けど依存はそいつがいなけりゃあ生きていけなくなるってことだ」
ウルゴの言い分に、モモはぐっと言葉を詰まらせる。ウルゴはさらに続けた。
「本当に主を信仰してるなら、俺たちは強くならなきゃあならねぇ。かつて世界を託されたってんなら、今の危機だって本来は自分たちの力で解決しなきゃあいけねえんだよ」
「……ですが、悪魔の脅威は普通の危機では」
「だからこそ、そいつに立ち向かう姿を主に見せるんだ。その姿を見て、もしかしたら主の復活が早まるかもしれねぇだろ?」
詭弁だなと、傍から聞いていたムートは思った。彼の言った、人によって営まれていた世界は、人の手で救うべきという言葉。それについては同意だった。だがこの説得で、暁の門の人間を説得できるものかと、そう思っていた。
「……なるほど。それも一理ありますね」
だがムートの予想は外れ、モモは既に納得したような顔をしていた。
「わかりました。それではウルゴさん、負担は増えるかと思いますが、護衛をよろしくお願いします」
「おう。任せとけ」
ウルゴが胸を叩くと、モモはムートに視線を向けた。
「ムートさん。同行を許可しますが、絶対に私たちから離れないでください。また、あなたがどんなに嫌っているとしても、帰ってきた際には我々の禊を受けてもらいます」
「ああ。いいだろう」
「それともう一つ。死体を持ち帰ることは出来ません。あきらめてください」
「なぜだ? 教団が禁止しているから、では納得しないぞ」
「いえ。そもそも出来ないのです。悪魔の死体は、しばらくすると消えてしまいますから」
「それを信じろと?」
「どのみち私たちに同行するのであれば、その現場を見ることになります。その時に理解していただければかまいません」
「……わかった」
彼女の言う通り、どうせついていくのだ。目の前で確認できれば、ムートとて無理難題を突き付けるつもりはなかった。
「それでは、悪魔を殺しに行きましょう」
踵を返したモモに、ウルゴが続く。そんな二人を、ムートは少し遅れて追いかけた。モモのあまりにも直接的な物言いは、彼女の少女然とした見た目と相まって、大分面を食らってしまった。
「ムートさん。どうしてここに?」
「サラから話を聞いた。そのうえで一つ聞きたい」
ムートはモモに詰め寄って、問いただした。
「君は彼女の浄化したのか?」
「……はい。昨日、サラさんに邪痕が浮かびあがったので、浄化をさせていただきました」
「邪痕だと? 彼女はこの町を出ていない。邪気に晒されていないのに、そんなことが起きるか?」
「それは……」
モモが答えに詰まる。これ以上は、教団でも知る者が少ない重大機密にあたる。
モモが答えない限り、ムートは離れるつもりはないようだ。見かねたウルゴが、二人の間に強引に割り込み、ムートを見下ろした。
「お前よぉ。昨日こいつに言ったよな? 人に答えを求める前に、自分で考えろって」
彼の意趣返しに、今度はムートが言葉を詰まらせた。沈黙を確認し、ウルゴがモモに振り返った。
「おい。行こうぜ。今日は悪魔を殺りにいくんだろ?」
「は、はい。そうですね」
ウルゴが先にムートの横を通り過ぎると、モモが「失礼します」と頭を下げて、その後に続いた。
「待て」ムートが呼び止める。「悪魔を倒しに行くんだったら、僕も連れていけ」
その提案に対して、モモは首を横に振った。
「出来ません。主の庇護下にある民を危険に晒すわけにはいきませんから」
「僕は信徒じゃない。君の言う庇護下の民ではないさ」
「いえ。主を信仰していなくとも、この世界に生きる全ての人は、主とそれに仕える私たちが守る民です」
「傲慢な言い草だな。世界を救えるのは自分たちだけだと?」
二人のにらみ合いが続くと、先を歩いていたウルゴが戻ってきた。
「理由を聞いてもいいか。どうして俺たちと行きたいのか」
「簡単な話さ。悪魔への対抗策を見つける為だ。なんなら死体の一つでも持ち帰って、その体の研究が出来たら理想だね」
ムートの言い分に、ウルゴが「いいじゃねえか」と口角を上げた。
「モモ。こいつも連れて行こうぜ。もしこいつが本当に悪魔への対抗手段を見いだせたら、主なんてもんに頼らなくてすむからな」
ウルゴがモモに進言するのを見て、ムートは意外そうに首を傾げた。
「君、昨日は僕に聖水や聖装具の作成はやめろと言ってなかったか?」
「あれは神の領域に手を出すなって意味だ。人間の力で悪魔に対抗するってんなら、俺はむしろ応援するぜ」
「君は一体どっちの味方なんだ」
「そりゃあ至極単純よ。俺は、全人類の味方だ」
「ならばなおのこと、ムートさんには安全な場所に居てもらうべきでは?」
二人のやり取りの間に、モモが挟まってくる。
「悪魔の脅威はその力だけではありません。彼らがその身から放つ邪気は、人を悪魔病に導きます」
「だがサラは邪気に晒されていないにも関わらず悪魔病になった。暁の門の話では、悪魔病患者からの感染はないという」
モモへの反論の言葉だったが、そこでムートは一つの考えに辿り着いた。
「もしや感染しないというのは嘘なのか? 患者の家族を守るためについた方便といったところか。ずいぶんとお粗末だな」
「いえ。嘘ではありません。悪魔病患者から直接感染するという事は、絶対にありえません」
含みのある言い方に、ムートが眉を上げる。
「直接、ということは間接的な何かがあるということか? 何か悪魔病を誘発させる食べ物や飲み物があるだとか」
「そこまでだ。論点がずれてるぜ」
ウルゴの介入で話が遮られ、ムートは彼を睨みつけた。だが彼の言う通り、今は悪魔の討伐に同行するという話だった。
「モモ。二人まとめて、俺がきっちり護衛するからよ。ここはひとつ頼むぜ」
ウルゴが軽く頭を下げて見せるが、モモは一向に納得しなかった。
「何度でも言いますが、悪魔への対抗手段の無い方を危険に晒すわけにはいかないんです」
「だから、その対抗手段を見出すために、直接退治するんだよ。人間はそうやって危険を安全に変えてきたんだからよ」
「私たちがその対抗手段です。わざわざ危険を冒してまで、新しい手段を探させることに、意味があるんですか?」
「意味があるかどうかは本人次第だろ。お前や教団が決める事じゃあねぇ」
二人の言い合いはなおも続く。ムートは完全に蚊帳の外に置かれていた。
「モモよぉ。少し考えてみろよ。もし主が復活した時に、人類が完全に主を頼りきってたらどう思う?」
「どう思うもなにも……主を信仰しているのですから、何も間違いではないでしょう?」
「あのなぁ。信仰と依存は別もんだろ。信仰は見守ってもらうって感じで、そいつがいなくたって生きていける。けど依存はそいつがいなけりゃあ生きていけなくなるってことだ」
ウルゴの言い分に、モモはぐっと言葉を詰まらせる。ウルゴはさらに続けた。
「本当に主を信仰してるなら、俺たちは強くならなきゃあならねぇ。かつて世界を託されたってんなら、今の危機だって本来は自分たちの力で解決しなきゃあいけねえんだよ」
「……ですが、悪魔の脅威は普通の危機では」
「だからこそ、そいつに立ち向かう姿を主に見せるんだ。その姿を見て、もしかしたら主の復活が早まるかもしれねぇだろ?」
詭弁だなと、傍から聞いていたムートは思った。彼の言った、人によって営まれていた世界は、人の手で救うべきという言葉。それについては同意だった。だがこの説得で、暁の門の人間を説得できるものかと、そう思っていた。
「……なるほど。それも一理ありますね」
だがムートの予想は外れ、モモは既に納得したような顔をしていた。
「わかりました。それではウルゴさん、負担は増えるかと思いますが、護衛をよろしくお願いします」
「おう。任せとけ」
ウルゴが胸を叩くと、モモはムートに視線を向けた。
「ムートさん。同行を許可しますが、絶対に私たちから離れないでください。また、あなたがどんなに嫌っているとしても、帰ってきた際には我々の禊を受けてもらいます」
「ああ。いいだろう」
「それともう一つ。死体を持ち帰ることは出来ません。あきらめてください」
「なぜだ? 教団が禁止しているから、では納得しないぞ」
「いえ。そもそも出来ないのです。悪魔の死体は、しばらくすると消えてしまいますから」
「それを信じろと?」
「どのみち私たちに同行するのであれば、その現場を見ることになります。その時に理解していただければかまいません」
「……わかった」
彼女の言う通り、どうせついていくのだ。目の前で確認できれば、ムートとて無理難題を突き付けるつもりはなかった。
「それでは、悪魔を殺しに行きましょう」
踵を返したモモに、ウルゴが続く。そんな二人を、ムートは少し遅れて追いかけた。モモのあまりにも直接的な物言いは、彼女の少女然とした見た目と相まって、大分面を食らってしまった。
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