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モモが目を覚ますと、白い天井が目に入る。その景色から、ここが教会だという事に気が付いた。
体を起こし、辺りをキョロキョロと見渡す。自分が寝ていたベッドの他、近くには水差しとグラス、そしてモモが身に着けていた正典や弾薬盒が掛けられたベルトが置かれた机があった。その下には彼女の鞄があり、周囲に他の人の姿はない。ここにいるのは彼女一人だった。
「おい。起きたか?」
ウルゴの声だ。扉の向こうから聞こえてきた。モモが「起きてますよ」と返すと、扉がゆっくりと開かれた。
「よく眠れたか?」
「はい。えっと、どれくらい眠ってましたか?」
「一晩ってとこだ。ま、もう昼過ぎだけどな」
ウルゴの手には、パンの入ったバスケットがあった。机の近くにあった椅子を引いて座ると、グラスに水を注ぎ、モモに手渡した。
「サラさんとセティアさんはどうですか?」
「どっちも朝には目を覚まして、母ちゃんの方は今、教団の手伝いをしてる。娘の方はいつの間にかどっか行っちまったな」
「……多分、ムートさんのところですよね」
「だろうな。あいつ、あの男には心を開いているみてえだし」
心配ではあるが、ひとまず浄化はすんでいる。すぐに悪魔になるという事はないだろう。ウルゴがバスケットからパンを渡してきたので、モモは受け取って、それに噛り付いた。
「それよりモモ。体に問題なければ、さっさと行こうぜ。ここは居心地が悪くていけねぇ」
「あ……ウルゴさんはそうですよね。迷惑かけてすみません」
「ああ悪い。お前を責めるつもりはねぇよ。ただここの司祭がちょっとな……」
そのタイミングで、扉が叩かれた。モモがどうぞと返事をすると、向こうからオリバーが姿を現した。
「モモ様。お加減はいかがですか?」
「はい。おかげ様で。こちらのパンも、ありがとうございます」
「いえいえ。それにしても、聖者様も同伴されていたとは……」
オリバーがウルゴに目を向けると、敬うような目を向ける。ウルゴが露骨に顔をゆがめ、帽子を普段よりさらに深く沈めた。
―――
昨日、モモを教会へ運んだ後、棺桶を回収しようと戻ってきた時だ。
鎖で縛った若者らは、司法機関に連行されたのだろう。だらしなく伸びきった鎖だけが残されており、その根元にあたる棺桶の前で、オリバーは膝をついて祈りの姿勢を取っていた。
「おい。どいてくれ」
ウルゴが声を掛けると、ハッとしたようにオリバーは振り返った。
「あ、あの。こ、こ、これはまさか……」
驚いたように口をパクパクとさせるオリバー。何か物知りのようだが、ウルゴは相手にせず、彼の体を弱い力で押しのけた。
「こいつは俺の商売道具だ。余計な詮索すんなよ」
「しょ、商売道具ですって⁉ そんな罰当たりな!」
「知らねぇよ。どのみち、俺以外は使えねぇんだから、どう扱おうが俺の勝手だろ」
ウルゴが棺桶に手を当てる。すると伸びきった鎖がひとりでに動き出し、棺桶に巻きついていく。その様子を見ていたオリバーは、呆気にとられてしまう。
「あ、貴方はまさか……」
「だからぁ。余計な詮索はすんなっつーの。俺はもう行くぜ」
棺桶を背負い、来た道を戻るウルゴ。
「お、お待ちください! 聖者様!」
追いかけるオリバーをウルゴは無視する。そのまま走って振り切ろうかと一瞬考えるが、どうせ行き着く場所は同じなので止めることにした。
―――
「いや。あのセティア様がずいぶんとお加減を良くしたようで。やはり聖者様の力というのは偉大なものですね」
オリバーの発言に、ウルゴは帽子の下の眉毛をピクリと動かし、彼の方へ体を向けた。
「あの女について、俺はなんもしてねえよ。調子が良くなったってんなら、それは全部こいつのおかげよ」
ウルゴがモモを指差しながら、やや苛立った口調で言う。彼の感情を察したオリバーは、「それは失礼しました」と、ウルゴとモモに頭を下げた。
「あ、あの。ところでセティアさん達は、今後どうなりますか?」
モモが尋ねると、オリバーは頭を上げて答えた。
「ひとまず、しばらくはこの教会で過ごしていただこうかと思います。そのうち新しい住居も提供しますが……」
オリバーが難しい表情を浮かべた。新しい家を持ったとしても、彼女らがまた住民から嫌がらせを受けることを危惧していたからだ。彼の懸念は最もだと、モモも唇を噛んだ。
「……全ての人の安寧を求めるのは大変ですね」
「はい。ですがそれを果たすのが、我々の使命ですから」
「……そうですね」
二人のやり取りに、ウルゴが横で大きなあくびをした。どちらも使命感が強く、己を犠牲にするタイプだ。
(もっと自分の事だけ考えりゃあいいのによ)
ウルゴがそう思うと、モモがこちらに視線を向けていた。あくびを咎められるかと思ったが、そうではなかった。彼女も言葉にださなかったが、その目はウルゴに向けて雄弁に語っていた。
(これが私の生き方ですから)
それを受け止めたウルゴは、今度は大きく息を吐いた。わかりきっていたことだ。そのうえで、もう少し楽に生きてくれればと思っているのだ。
「オリバー司祭。私たちはそろそろ失礼いたします」
「もう、ですか?」
「はい。まだやるべきことが残っていますので」
モモが立ち上がり、足元に置かれていたブーツを履き、机の上に置かれたベルトを腰に巻く。最後に鞄を背負うと、ウルゴを見た。
「ウルゴさん。行きましょう」
「おう」
ウルゴも席を立つと、二人はオリバーに頭を下げて、部屋を後にした。
体を起こし、辺りをキョロキョロと見渡す。自分が寝ていたベッドの他、近くには水差しとグラス、そしてモモが身に着けていた正典や弾薬盒が掛けられたベルトが置かれた机があった。その下には彼女の鞄があり、周囲に他の人の姿はない。ここにいるのは彼女一人だった。
「おい。起きたか?」
ウルゴの声だ。扉の向こうから聞こえてきた。モモが「起きてますよ」と返すと、扉がゆっくりと開かれた。
「よく眠れたか?」
「はい。えっと、どれくらい眠ってましたか?」
「一晩ってとこだ。ま、もう昼過ぎだけどな」
ウルゴの手には、パンの入ったバスケットがあった。机の近くにあった椅子を引いて座ると、グラスに水を注ぎ、モモに手渡した。
「サラさんとセティアさんはどうですか?」
「どっちも朝には目を覚まして、母ちゃんの方は今、教団の手伝いをしてる。娘の方はいつの間にかどっか行っちまったな」
「……多分、ムートさんのところですよね」
「だろうな。あいつ、あの男には心を開いているみてえだし」
心配ではあるが、ひとまず浄化はすんでいる。すぐに悪魔になるという事はないだろう。ウルゴがバスケットからパンを渡してきたので、モモは受け取って、それに噛り付いた。
「それよりモモ。体に問題なければ、さっさと行こうぜ。ここは居心地が悪くていけねぇ」
「あ……ウルゴさんはそうですよね。迷惑かけてすみません」
「ああ悪い。お前を責めるつもりはねぇよ。ただここの司祭がちょっとな……」
そのタイミングで、扉が叩かれた。モモがどうぞと返事をすると、向こうからオリバーが姿を現した。
「モモ様。お加減はいかがですか?」
「はい。おかげ様で。こちらのパンも、ありがとうございます」
「いえいえ。それにしても、聖者様も同伴されていたとは……」
オリバーがウルゴに目を向けると、敬うような目を向ける。ウルゴが露骨に顔をゆがめ、帽子を普段よりさらに深く沈めた。
―――
昨日、モモを教会へ運んだ後、棺桶を回収しようと戻ってきた時だ。
鎖で縛った若者らは、司法機関に連行されたのだろう。だらしなく伸びきった鎖だけが残されており、その根元にあたる棺桶の前で、オリバーは膝をついて祈りの姿勢を取っていた。
「おい。どいてくれ」
ウルゴが声を掛けると、ハッとしたようにオリバーは振り返った。
「あ、あの。こ、こ、これはまさか……」
驚いたように口をパクパクとさせるオリバー。何か物知りのようだが、ウルゴは相手にせず、彼の体を弱い力で押しのけた。
「こいつは俺の商売道具だ。余計な詮索すんなよ」
「しょ、商売道具ですって⁉ そんな罰当たりな!」
「知らねぇよ。どのみち、俺以外は使えねぇんだから、どう扱おうが俺の勝手だろ」
ウルゴが棺桶に手を当てる。すると伸びきった鎖がひとりでに動き出し、棺桶に巻きついていく。その様子を見ていたオリバーは、呆気にとられてしまう。
「あ、貴方はまさか……」
「だからぁ。余計な詮索はすんなっつーの。俺はもう行くぜ」
棺桶を背負い、来た道を戻るウルゴ。
「お、お待ちください! 聖者様!」
追いかけるオリバーをウルゴは無視する。そのまま走って振り切ろうかと一瞬考えるが、どうせ行き着く場所は同じなので止めることにした。
―――
「いや。あのセティア様がずいぶんとお加減を良くしたようで。やはり聖者様の力というのは偉大なものですね」
オリバーの発言に、ウルゴは帽子の下の眉毛をピクリと動かし、彼の方へ体を向けた。
「あの女について、俺はなんもしてねえよ。調子が良くなったってんなら、それは全部こいつのおかげよ」
ウルゴがモモを指差しながら、やや苛立った口調で言う。彼の感情を察したオリバーは、「それは失礼しました」と、ウルゴとモモに頭を下げた。
「あ、あの。ところでセティアさん達は、今後どうなりますか?」
モモが尋ねると、オリバーは頭を上げて答えた。
「ひとまず、しばらくはこの教会で過ごしていただこうかと思います。そのうち新しい住居も提供しますが……」
オリバーが難しい表情を浮かべた。新しい家を持ったとしても、彼女らがまた住民から嫌がらせを受けることを危惧していたからだ。彼の懸念は最もだと、モモも唇を噛んだ。
「……全ての人の安寧を求めるのは大変ですね」
「はい。ですがそれを果たすのが、我々の使命ですから」
「……そうですね」
二人のやり取りに、ウルゴが横で大きなあくびをした。どちらも使命感が強く、己を犠牲にするタイプだ。
(もっと自分の事だけ考えりゃあいいのによ)
ウルゴがそう思うと、モモがこちらに視線を向けていた。あくびを咎められるかと思ったが、そうではなかった。彼女も言葉にださなかったが、その目はウルゴに向けて雄弁に語っていた。
(これが私の生き方ですから)
それを受け止めたウルゴは、今度は大きく息を吐いた。わかりきっていたことだ。そのうえで、もう少し楽に生きてくれればと思っているのだ。
「オリバー司祭。私たちはそろそろ失礼いたします」
「もう、ですか?」
「はい。まだやるべきことが残っていますので」
モモが立ち上がり、足元に置かれていたブーツを履き、机の上に置かれたベルトを腰に巻く。最後に鞄を背負うと、ウルゴを見た。
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「おう」
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