聖邪の交進

悠理

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浄化とは、体内に巣食う邪気を取り除く行為であるが、その具体的な内容を知る人は少ない。実際に浄化をされた患者も、ひと眠りの間に治っていたと語る者が大半だった。
教団も決してひた隠しにしているわけではない。ただ必要以上に語るよりも、「主の御業」とだけ伝えた方が、こと悪魔病を相手では信憑性が高かった。
浄化の本質とは、主の加護を受けた媒介を利用し、魂へ直接介入。そこで怪物のような姿をした邪気を退治するというものだった。

アミュレットを介し、サラの魂へと入ったモモ。彼女の姿かたちは、現実となんら変わりない。ただし、現実ではサラの手に巻いたアミュレットが、いつものように首にかけられていた。
見上げると空が広がり、大地には草花が生え渡り、その向こうには海が見える。どこか楽園のような景色だが、そこに色は一切なかった。
景色は人それぞれとはいえ、魂の中は本来、現実と同じく色味を持っている。それが無色になっているというのは、本人の絶望の表れだった。彼女の過去を鑑みれば無理からぬことではあるが、モモは心を痛めた。

「世界は希望に満ちているのに……」

きゅっと胸の前で片手を握る。今でこそ悪魔が蔓延り、救いを求める人であふれているが、世界は本来、優しく美しい。モモはそう信じていた。故にサラの取り巻く環境に胸を痛め、彼女に救いを与えたいと思っていた。
そんなモモの背後に近づく影。全身が黒色をしており、現実で町人の相手をしているウルゴよりも巨大な体躯をしたそれは、腕にあたる部分が双方ともに大鎌となっている。その大鎌を振り上げ、モモへと振り下ろす。

「っ!」

殺気を感じ取ったモモは、地面を蹴ってその場を離れた。振り返り、大鎌の怪物と対峙する。
両腕が伸びる上半身は細く、頭部と呼べる部位は見当たらない。反面、下半身は丸々と膨れており、正面に大きく開いた口と、そこから伸びる舌がある。この醜悪な怪物が、サラの心に巣食った邪気だ。
邪気の向こうの景色は、所々黒に染まっていた。大地はモザイク状に、空間は穴を空けたかのように、空はペンキをぶちまけたようにと、実に歪な景色だった。この黒色が世界の全てを塗りつぶした時、サラは人間の肉体を食い破られ、悪魔となってしまう。そうさせないために、モモはこの邪気を倒さなければならなかった。

邪気はモモに接近し、再び大鎌を振るう。モモは後方に跳んでそれを躱すと同時に、曲げた右の膝先へと手を伸ばした。その先にあるブーツから引き出したのは、彼女には不釣り合いに見えるリボルバー銃だった。
撃鉄を起こして、引き金を引く。銃口から弾丸が飛び出すと、振るわれていた邪気の右腕に命中した。はじける音と共に、弾丸以上の大きな穴が生まれ、右腕の大鎌が霧散していった。

「浄化を始めます」

先程までの悲哀は一切なく、ただ冷徹に次の引き金を引く。今度は左腕の大鎌に命中し、霧散させる。両腕をなくした邪気は、下半身の口から、モモに向けて舌を伸ばした。

「汚らわしい……!」

三度発砲。伸びた舌に穴が空くと、弾丸はそのまま口まで届く。今度は貫通には至らなかったものの、弾丸が入った口は苦しそうに震えだした。

「美しい世界に、お前たちは必要ない」

普段とは打って変わった厳しい口調に、さめた眼付をしたモモは、銃を構えたまま邪気へと近づく。

「消えろ」

引き金に力を込めた瞬間、モモは左から強い衝撃を受ける。体が真横に飛んでいき、灰色の大地にたたきつけられる。

「ぐっ……はぁっ」
 
痛みをこらえ、体を起こす。衝撃を受けた方向を見てみると、大口だけになった邪気とは別に、球体をした邪気が佇んでいた。
球体は大口へ、寄り添うように近づく。仲間を慮るようなその行動に、モモは嫌悪感を覚えた。

「たかが邪気の分際で……!」

腰のベルトにぶら下げた弾薬盒から、弾丸を取り出し、シリンダーへ装填する。吹き飛ばされ、だいぶ距離が開いている今、命中させるには接近する必要がある。
立ち上がると、球体がこちらに気づいたように、形を変えた。頂点から解けるように開くと、複数の手が伸びる。全てが手刀の形を取ると、その先端で貫かんと、モモに向けて四方八方から迫ってきた。
正面から襲い掛かる手刀に対し、取れる手は限られている。モモは接近するのを止めて、大鎌を避けたのと同じように後方へ跳ぶ。モモのいた位置に、手刀が集まると、そこにめがけて引き金を引く。弾丸が命中すると、そこに集まった手は一瞬にして消滅した。攻撃が破られた球体だった邪気は、力をなくしたかのように、その場からふらふらと落ちていく。それを見ていた大口が、最後の力を振り絞るように口を開き、その邪気を迎え入れた。
球体だったものが口に収まると、大口は咀嚼するような仕草を取る。共食いにも見えるその様子に、今度のモモは口角を上げた。

「そうだ。お前らはそういうやつだ。醜くて、卑しくて、この世に存在してはならないんだ」

咀嚼中の大口に接近し、モモは弾丸を放つ。だがその弾丸は命中しなかった。
突如大口から手が生えて、地面を蹴って高く跳んだのだ。

「ちっ!」

舌打ちをして、上空へ目と銃口を向ける。大口に生えた手は一つや二つではない。まるで虫のように、大口の周囲を手が生えそろっていた。
空へと跳んだ大口は、生えてきた手を握りしめる。地上にいるモモに向けて、何発もの拳を振り下ろした。

「くっ!」

先程の手とは違い、ばらばらに襲い掛かってくる拳に、モモはどうにか躱そうと足を動かす。すべては躱せず、頭上に振ってきた拳に対しては、引き金を引いた。
しかし防ぎきることは叶わず、先に弾丸が尽きる。補充しようにも、この拳の雨の中では、その隙も伺えない。
どうにかやり過ごそうと、とにかく走り抜け、大口の真下からは逃れる。すると振り下ろされた拳は、軌道を変えてモモへと迫り、やがて彼女の体を捕らえた。

「かはっ……!」

強い衝撃に、モモの体は再び弾き飛ばされる。大口もようやく地上に降り立った。だがそれで攻撃を止めたわけではなかった。生えた手の全てをモモへと伸ばし、さらなる追撃を図る。

「ううっ」

モモは倒れたまま転がり、その追撃をなんとか躱す。回る視界の中、大きな岩を見つけると、その陰へと隠れる。手はモモが隠れた岩にめがけて、拳の形で殴りつけてくる。岩がはじけ飛び、モモの姿はすぐに露わになった。

「邪気ごときが調子に乗るなあ!」

モモは弾丸を補充するのは諦めた。代わりに銃を取り出したのとは逆のブーツに仕込んでいたナイフを取り出した。岩が破壊されると同時に、背中を大地にピタリとくっつけ、目の前に伸びる腕を何本も切り裂いた。
目の前の危機を払いのけると、モモはナイフの柄を口にくわえ、リボルバーに弾薬を補充した。そしてそのまま地面を蹴って体を起こすと、大口に向けて接近した。
大口が口を開く。先程舌が伸びたそこからは、巨大な手が生えてきて、拳を握ってモモへと襲い掛かった。
巨大な拳に対し、モモは正面から迫る。すぐ目の前まで近づいた瞬間、紙一重で右に躱すと、拳の先にある腕めがけて、左手に持ち替えたナイフを深々と突き刺した。

「あああああああああああああああっ‼」

絶叫するような声と共に、腕を切り裂きながら大口めがけて接近していく。リボルバーの射程距離に迫ると、銃口を向けて撃鉄を起こした。

「消え去れええええええ!」

一発。二発。三発。四発。弾丸を連射すると、大口の至る所に大穴を空けた。弾切れになるまで引き金を引き、大口はやがて事切れたように霧散していった。

「はぁ、はぁ……」

呼吸を整え、天を仰ぐ。灰色の空を見つめ、モモは左手のナイフを地面に落とすと、アミュレットを握りしめた。

「……サラ、さん」

目を閉じて、祈りを捧げる。彼女の心に、再び美しい色で溢れますように。
突如、モモの体が光に覆われる。浄化が終了し、彼女が現実へと帰還する合図だった。モモは最後まで、祈りを止めることはなかった。
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