聖邪の交進

悠理

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「まったく、ひどい目に遭いました……」

洗顔と同時に、袖が汚れた服も着替えることにした。普段から予備の服は持ち歩いているので、着替えに問題はなかった。汚れた服は他に臭いが移るのが嫌だったので、ムートに適当な布を用意してもらい、それに包んで鞄にしまった。

「先程の件については謝罪します。ですが、人の家に勝手に入ってきたそちらにも非があると思いますが」

ムートが毅然とした態度で言うと、モモは「それは申し訳ございません」と頭を下げた。

「声は掛けたのですが返事がなくて……でも彼女が入ってくるのが見えたので」

モモが離れた位置にいるサラに視線を向ける。目が合ったサラは、すぐに視線を逸らした。
研究室にあるソファの上にモモとウルゴが並んで座り、彼女らに向かい合うような位置にムートが椅子を用意して腰を降ろしている。サラは彼の後ろの棚に、寄りかかるようにして立っていた。

「つまりあなた達の目的はあの子ですか。一体、何の用ですか?」

「そう仰るあなたは、彼女とどういった関係ですか? ご家族には見えないようですが」

「それがあなたの要件と、何か関係があるんですか?」

「はい。非常にデリケートな問題なので、あまり関係ない方に話すのは憚られます」

きっぱりと言い切るモモに、ムートは無言で視線を返す。ほんの数十秒のにらみ合いは、ムートの小さなため息で終わりを告げた。

「昔、教鞭をとっていた時期がありましてね。彼女はその時の教え子ですよ」

「当時の関係が今も続いていると?」

「おかしなことじゃあないでしょ? まあ、あの子には色々事情もありますから」

「事情というのは?」

「それを僕の口から言うわけにはいきません。本人に聞いたらどうですか?」

彼の言う通り、モモは後ろにいるサラに尋ねてみる。答える気など彼女は、無言を貫いた。

「それで? そろそろ本題に入っていただきましょうか。根掘り葉掘り聞かれるばかりなのは、いささか不公平だ」

ムートの言葉に、モモは視線を彼に戻し、「わかりました」と返す。彼女の抱える事情は、これから話す事と関係があるだろう。そして彼はその事情を知っているようなので、隠す必要はないと判断した。

「単刀直入に言います。彼女に悪魔病の兆候が見えます」

「…………は?」

モモの言葉に、これまで無言だったサラが口を開いた。それを聞き逃さなかったモモは、彼女に視線を移してさらに続けた。

「このままでは、あなたが悪魔になってしまいます。急ぎ浄化をしたいので、私と共に来ていただいてもよろしいですか?」

「冗談じゃない!」

サラの叫びが、部屋の中に響く。ムート一人だけが、その声に驚いた。

「ウチのどこが悪魔だ! 人を惑わすことも殺したこともない!」

大きな足音を立てながら、モモに詰め寄る。その胸倉を掴もうとするが、二人の間を遮るように、ウルゴが立ちはだかった。

「少し落ち着け。兆候があるってだけで、まだ悪魔にゃあなってねぇ。今なら間に合うって話だ」

「お前らの言う事なんか信じられるか!」

自分よりも遥かに大きな相手だが、サラは構うことなく、その胴に拳をふるった。案の定、ウルゴは動じることなく、彼女は自身の拳を痛めただけだった。

「サラ。もうやめなさい」

後ろに立ったムートが、彼女を羽交い締めにして、ウルゴから引き離す。一方、彼は厳しい目つきを向けていた。

「ひとまずお帰り願おうか。最初にはっきりと言っておくべきだったが、我々は君たち暁の門を信用していない」

「……理由を聞いてもよろしいですか」

ウルゴの後ろから顔を出して、モモが尋ねる。

「君は質問が多いな。人に答えを求めるばかりではなく、自分の頭で考えたらどうだ」

サラをなだめながら、ムートが砕けた口調で返す。これ以上話すつもりはないということだ。モモは渋々ながら、その場を去ることにした。

「また伺うかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」

「ああ。そんな日が来ないことを願うよ」

それを最後に、モモは部屋を出ていく。ウルゴもその後に続いた。

「ああそうだ。最後に一ついいか?」

去り際、ウルゴが振り返った。

「聖水だの聖装具だのを作るのはやめておけ。あれは人にゃあ過ぎた力よ」

じゃあなと手を振り、ウルゴも部屋から去っていく。ムートはサラから手を離し、忌々し気に彼のいた場所を睨みつけた。

「神の領域に手を出すなって意味か? ふざけた事を……」

「……先生」

先程より少し落ち着いたサラが、ムートの顔を見つめる。そんな彼女の頭を、ムートはそっと撫でた。

「安心なさい。あいつらの言う事なんて無視してかまわない。君は決して、悪魔になんかならない」

「……はい」

サラの返事を聞き、ムートも微笑みを浮かべる。そしてウルゴの忠告を無視して、改めて研究に取り掛かることにした。
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